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鍋島を求めて 阪井茂治 作陶展
色絵桃宝尽文高台皿 /染付麦文皿 /色絵豊穣文八角鉢 /染付蓮文水滴

鍋島を求めて 阪井茂治 作陶展
1996年1月25日(木)〜31日(水) 午前10時30分〜午後6時/会期中は無休

阪井さんの磁器

阪井茂治さんの鍋島に出会ったのは、つい2年前のことだ。ある方に紹介されたのが最初で、夏に信州の阪井さんの工房を訪ねてみた。その年は記録的な猛暑だったこともあり、午前中で切り上げようと思っていたが、大川内山での修行時代のこと、呉須は番茶で溶いて用いるといった鍋島独自の技法の説明を聞いているうちに、午後も半ばを過ぎていた。


色絵葡萄文香炉 / 染付野菜尽高台皿 / 色絵糸巻文高台皿
ところ狭しと並べられた阪井さんの鍋島。最初はいわゆる“写し”と思っていたが、鍋島以外のものは決して受け入れない頑固なまでの姿勢に、元禄初期以前に完成されたと伝えられる盛期鍋島を、そのまま今に生きる職工の魂を見た。

と、突然わたしの視界のぎりぎりのところに飛び込んで来た作品があった。隠れたように置いてあったその作品は、大鉢というより大きなたらいとでも言おうか。栗の実を図柄の中心に、クルスと宝相華唐草を見事にあしらった、まさしく“一品”であった。あまりの素晴らしさに、譲ってもらえないかとお願いしてみた。阪井さんも、出会いがなければ手放したくなかった一品だと、名残惜しそうに、寂しそうに、けれど嬉しそうに承諾してくれた。

工房の客間は西日を受け、ジリジリとさらに暑く感じられた。“いつもこの辺りは涼しくて冷房はいらないんです”と阪井さん。陽が沈み切っても暑さの残る工房を後にした時には、ズボンの折り目が汗ですっかり消え、とてつもない疲労感だけが残った。“何という一日だ!”

そう思いつつも、暮れてしまった空を仰ぎ、都会では見ることのできないほどの星を数えているうちに、体の中を、心の中を不思議な清々しさが通り抜けていく。それは次第に阪井さんの作品の印象とかさなり、いつまでも凛々と私の心を震わしていた。

“一体これは何だ!”

その秋、有名な女流日本舞踊家が店に来た。すぐさま展示してあった阪井さんの大きな鉢を見つけて、“これはツーンときた!”と。“今時こんなにきっちりとした仕事をする人は珍しいね。本当によく描かれてる”と言いながら、その見事な大鉢の側を離れようとしない。“これ!”の一声で、抱えるほど大きなこの鉢は、この舞踊家にひきとられていった。聞くところによると、その後この舞踊家は、いつもこの鉢を側に置き、専用の台まで作ったとのこと。

阪井茂治という作り手の、呆れるほど鍋島に取りつかれた一途な思いが、手にした人の心をまたもや凛々と澄ませていったにちがいない。

個性や面白味と言う点においては、少々物足りなさを感じることもなくはない。しかしきちんと真面目に仕事されたものを見るのは、時に心地よいものだ。誰に何と言われようとも、鍋島を貫く心の熱さに寄せられる神の涼風こそが、阪井さんの磁器の趣なのである。
酉福店主 青山益朗



阪井茂治 さかい・しげはる
1949年 兵庫県に生まれる。
1973年 長崎県の現川陶(うつつがわとう)に従事。後、鍋島藩窯跡の佐賀県大川内山におもむく。原一仙氏に食器ロクロの手ほどきを受けながら、大川内山にて画工となる。
一方、小笠原藤右衛門工房にて、窯焚きや釉薬等、鍋島の技術の研究、研鑽を積む。また、井手金峰氏に大物のロクロ及び絵付けの教示を受ける。


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