1994-2000年の個展
宮崎祐輔陶芸展「吉田皿屋色絵の器」
鈴木睦美 漆展
セ・シ・ボン 西山英煕 漆盆展
小野次郎作陶展 釉裏金彩と金襴手
伊藤祐嗣 鍛造金属展
立原潮「空想料理館の器たち」展
内田邦太郎ガラス展「パート・ド・ヴェール」
宮脇昭彦・Michael Rogers 陶とガラスの二人展
鉢展
三原研作陶展 鼓動
朝岡弘美 染付作品展
秋元茂 FUN FAN展
藤田喬平 作品展
森一蔵作陶展「一蔵色絵の盒子」
想いは貝殻にのせて II ケルヴィン・ブラッドフォード
西大由 鋳金展
「天空の黄金」を偲んで 小野珀子作品展
持丸房子/山下玉枝 作陶展 節目の陶ひな
Boutique - 磁器で装う - 小塩薫作陶展
光を楽しむ陶の器 沖康史作陶展
長江重和作陶展 泥彩 薄層のかたち
鈴木睦美 漆展
なごみの時に 山田絵夢作陶展
何でもできる七輸陶芸 吉田明作陶展
「時間よ止まれ」展 伊藤祐嗣の金工
私の乾山 田端志音作陶展
鈴木玄太 genta グラス展 Simple and Clear
漆師の仕事 II 手塚隆漆展
生命の棲む家 三原研作陶展
秋元茂の染付絵皿 さらさら皿 猪口など展
自然との対話 ガラス・布・木
橋本成敏 作陶展
箱瀬淳一 漆展 茶托いろいろ
白への誘惑 高石次郎作陶展
琥山窯 師走のうつわ市
「明るい灯り」展 松本昌樹作陶展
一蔵色絵の世界 3 森一蔵作陶展
鈴木睦美 漆展
小野次郎作陶展 黄金復活
古代の息吹-出雲の土で 三原研作陶展
さらさらと皿展 秋元茂の染付絵皿
加山哲也作陶展 新器一展
想いは貝殻にのせて ケルヴィン・ブラッドフォード
釉彩 薄層のかたち 長江重和作陶展
持丸房子・山下玉枝 陶ひな展
大道正男 鍋100展
塗師の仕事 手塚隆漆展
山田絵夢作陶展 野山の贈りもの
野村淳二作陶展 ゆるやかなるもの
形とカオス 斎木但作陶展
照井一玄作陶展 この白この器
アンリ菅野 アドリブ陶芸展
三原研「伝説せっ器」
吉田明作陶展「三嶋の美」
ヨーロッパ陶芸展 2
鈴木睦美漆展「大きな羊」
森一蔵作陶展 一蔵色絵の世界 新作
ヨーロッパ陶芸展
宮崎祐輔作陶展“秋・シルクロードメルヘン”
風ン谷淳窯室の“東京窯開き”
開店三周年記念 小野珀子作品展「天空の黄金」
吉見寿美子染展「和布のバッグたち」
杉本貞光作陶展“生命でつくる陶”
慈眼寺「料理の器」展
持丸房子/山下玉枝 陶ひな二人展
鍋島を求めて 阪井茂治作陶展
草家窯 吉森啓之作陶展
山田絵夢作陶展 自然の姿をそのままに
森一蔵作陶30年記念展 一蔵色絵の世界
2005年の一覧を見る
2004年の一覧を見る
2003年の一覧を見る
2002年の一覧を見る
2001年の一覧を見る
1994-2001年の一覧を見る
開店三周年記念 小野珀子 作品展 「天空の黄金」
開店三周年記念 小野珀子 作品展 「天空の黄金」
1996年5月23日(木)〜6月1日(土) 午前10時30分〜午後6時/5月27日(月)は休廊
釉裏金彩茜壺(高35 径30.5) / 釉裏金彩黄壺"鳥たち″(高27.3 径32) / 釉裏白金彩青壺(高20 径21.8) / 釉裏金彩茜大平鉢(高10 径43.5) / 釉裏金彩青大鉢(高21 径45) / 赤地金襴手水指(高15.8 径16.3) / 釉裏金彩茶碗(高8.9 径12.2) / 金襴手振出と茶巾筒(高8.8 径6.5/高5.8 径3.3) / 赤地金銀彩香盒(高2.8 径6.6) / 釉裏金彩黄小合子(大:高5 径8.6 中:高4 径7.6 小:高3.8 径6.6)
出合いの喜び
3年前の9月。一人の男性客が私たちの店を訪れた。もちろん初めての、縁もゆかりもない人物。店内にはちょうど小野珀子さんの釉裏金彩(ゆうりきんさい)の、深いグリーン色の盃が展示してあった。そのお客様は、今まで目にしたことのない釉裏金彩の美しさに心底感激している様子だった。“この辺りに銀行はありますか”とその男性。ありますとも。何と言っても当店は、歩いて30秒以内に一軒、1分間以内にもう一軒、さらに青山一丁目の駅にも2軒銀行があるという立地である。早速その男性は、お金をおろしてきますと店を出て行かれた。本当に戻って来られるのだろうか。というのは、そのころ開店して間もないころで、ほとんどお客もなく、ましてやお買い上げいただけることなど稀だったからだ。しかし、このお客様は戻ってこられた。そして先ほどの盃を求めて下さった。これまで色々な仕事をしてきたが、代金の回収こそが営業の基本と教わり、その回収に苦労したこともあった。それだけに、このお客様からこのような形で代金を項戴するとは思いもつかなかった。本当にありがたいと思った。その上、その後このお客様からは丁寧なお礼の手紙までいただいた。「作り手と使い手の出会いの場」を基本に店を開いたのだが、このお客様との出会いにより、改めてその意味の大切さをかみしめた。
そしてこの方から一つの提案が出された。いつの日か、小野珀子先生の個展を開いて下さいと。そして個展のタイトルは“天空の黄金”はいかがでしょうかと。天空の黄金……この女流陶芸家の作品を形容するのにこれほど適切な表現はないと感動し心に留め置いた。それでは、“天空の黄金”を作る小野珀子さんは天空に舞う天女なのだろうか。
珀子さんとはこれまで何度となくお目に掛かり、お話しもさせていただいた。最初ある人からは、難しい方だとも聞いていたが、釉裏金彩の技術的なことをはじめ、親しさが増すにつれ、加守田章二さん小山冨士夫さんなど、戦後の陶芸黄金時代を背景にした交友の思い出を懐かしそうに話して下さることもあった。女性として陶芸を貫いてこられるには色々なご苦労や厳しい体験の連続だったに違いない。その力強さを横顔に残しながらも、時折幼な子のような笑顔と天女のようなしなやかさを見せて下さることがある。このように素敵な数少ない女性の陶芸家に出会えるのも、ギャラリーを開いたことの大きな喜びである。
こうした出会いの喜びがあればこそ、開店3周年の記念として小野珀子さんの作品展を開くことができるのだ。あらためてお客様とすばらしい作品を作って下さる陶芸家の皆様に感謝する次第である。
酉福店主 青山益朗
小野珀子
おの・はくこ
1925年 愛知県名古屋市に生まれる。
1964年 東京国立近代美術館・朝日新聞社共催の「現代国際陶芸展」が久留米の石橋美術館に巡回されて来た折り、それに出品されていた、加藤土師萌の釉裏金彩技法に強い感銘を受け、直ちにその研究を独学ではじめる。
1970年 「九州・山口陶磁展」出品の“釉裏金彩紫陽花文青釉壺"第一席を受賞。「日本工芸会西部工芸展」で“釉裏金彩青釉丸壺"朝日銅賞を受賞。「九州毎日陶芸展」で“釉裏金彩鱗文青釉丸壺"準大賞を受賞。第17回「日本伝統工芸展」で“釉裏金彩黄釉花入"が初入選。
1971年 「日本工芸会西部工芸展」で“釉裏金彩黄釉瓶"朝日金賞を受賞。この作品は東京国立近代美術館に買い上げられる。外務省によるアメリカ・カナダ巡回「日本陶芸展」に"釉裏金彩紫紺釉壺"が選抜される。
1972年 「佐賀県展」で“釉裏金彩青釉平壺(珊瑚礁)"が一席受賞。日本陶磁協会主催の第1回「現代陶芸選抜展」に招待出品(以後同展に毎年出品する)。
1973年 北京の日本大使館に飾るため外務省に“釉裏金彩黄釉瓶"が買い上げられる。京都国立近代美術館の「現代工芸の鳥瞰展」に三点招待出品。毎日新聞社主催第2回「日本陶芸展」で第一部優秀作品賞を受賞。「九州・沖縄工芸展」に招待出品。
1974年 “釉裏金彩梅花文黄釉茶碗"が迎賓館に納まる。南米巡回「日本陶芸展」(国際交流基金)に“釉裏金彩黄釉大皿"を出品。
1975年 東京セントラル美術館の「現代陶芸展」に出品。
1976年 オーストラリア・ニュージーランド巡回「近代日本陶芸展」に“釉裏金彩黄釉鉢"が選抜される。ドイツ民主共和国巡回「日本陶磁展」(日本経済新聞社)に“釉裏金彩黄釉瓶"が選抜される。
1977年 「現代巨匠展」(兵庫県姫路市)に出品。
1978年 インド・ジャカルタ巡回「日本陶芸展」に“釉裏金彩鉢"を出品。
1979年 第5回「日本陶芸展」に“釉裏金彩青釉壺"を推薦招待出品。北アメリカ巡回「日本陶芸展」に“釉裏金彩青釉大鉢"を出品。
1981年 「日華陶芸展」に“釉裏金彩黄釉壺"を招待出品。日本陶磁協会賞受賞。ニュージーランド・シドニー美術館に“釉裏金彩黄釉壺"が買い上げられる。佐賀新聞社、文化奨励賞を受ける。
1982年 ニューヨーク・ボストン巡回「日本現代陶芸展」に“釉裏金彩黄釉花壺"を出品。
1983年 新潟敦井美術館「現代陶芸十人展」に同美術館蔵の“釉裏金彩青釉水玉文壺"が出展される。
1984年 西日本新聞社主催、現代の陶芸百人・造形の美「香炉名品展」に“釉裏金彩青釉香炉"を出品。
1985年 呉市立美術館、新しい造形への招待、「現代のやきもの展」に“釉裏金彩壺「山竝」"“釉裏金彩花壺「炎」"他三点を出品。 “釉裏金彩「黄釉花入」"“釉裏金彩壺「山竝」"二点が同美術館買い上げとなる。朝日新聞社主催「日本磁器四百年」に東京国立近代美術館蔵の“釉裏金彩黄釉花壺"が出展される。「日本陶芸展」推薦招待出品の“釉裏金彩壺「茜の海」″が敦井美術館に買い上げられる。九州陶磁文化館「九州の茶陶展」に“釉裏金彩茶入″を出品。
1986年 「現代作家名碗展」に“釉裏金彩黄釉茶碗"を出品。外務省に“釉裏金彩黄釉花壺"を納める。
1987年 「日本陶芸展」に“釉裏金彩鉢「茜の海」"を出品。
1988年 アルゼンチン美術館に“釉裏金彩黄釉皿"を納める。外務省に“釉裏金彩花壺「炎」"を納める。
1989年 「日本陶芸展」に“釉裏金彩花壺″推薦招待出品。
1991年 日本陶芸展推薦招待作品。現代陶芸の美-伝統の技、に出品。
1992年 佐賀県の重要無形文化財に指定。
1996年 5月29日死去
小野珀子[釉裏金彩]の技法について
制作工程
胎土を轆轤、または型打ちにより成形し、さらに削りあるいは水拭きにより仕上げ、作品によっては彫り等の素地装飾を施した後、乾燥させて素焼きする。
高台の部分のみに施釉し、摂氏1300度で本焼をおこなう。
次に地塗りの釉をかけ、摂氏820度で焼成する。
この上に漆を塗装し、数日間かけて適当な乾き具合を見計らいながら、金箔をデザインして切り、貼り合わせていく。さらに金箔を定着させるためと漆による黒い下地の部分を消すために、摂氏810度ぐらいで箔を焼き付け、同時に漆を焼き飛ばす。
その後、透明度の高いソーダ釉を薄く塗布して再度焼成する。
さらにソーダ釉を、薄く塗っては乾かし、塗っては乾かすという要領で6回ほど繰り返し施釉を終了させ、摂氏800度で最終焼成を行う。
技術の特徴
合計で6回、窯に入れること。
透明度の高い低火度ソーダ釉を使用していること。
下地や釉薬の調合により、金・銀・白金などの箔の肌合を多様に変化させたり、磁胎に微妙な貫入を施すことができる。
箔の接着は、まず和紙にふのりで箔を貼り、それをカットして漆面に置き、和紙を剥して貼り付けるという手続きがとられている。また、漆工芸にヒントを得、箔の接着には漆が確実であることなどを発見した。
金箔は、薄く延ばすことは比較的容易だが、小野珀子はかなり厚手の金箔を使用するため、厚みを持たせた金箔を特別に注文している。
追悼文
小野珀子(1915-1996)
個展の二日目に小野さんの計報を聞いた。急性がんということは伏せられていたので衝撃的であった。会期中に彼女の妹さんが来られ、「この服が個展に着ていこうと誹えた姉の服です」と言われた。小野さんの死は残念なことで、いまでもまだ生きて作陶をされているかのような気持ちを持つことがある。ご冥福を祈らずにはいられない。