酉福
English
サイト内検索

今後の個展
これまでの個展
海外での展覧会
奥野美果ガラス展 ─風の通り道─
トップ店主のささやきプロフィール出品作品
店主のささやき
注:前回市野展での“ささやき”をこちらの事情にて完結できず相すみません。続きにつづき奥野展の“ささやき”をここに掲載します。ご了承ください。

工房は、窯元が連なる街道沿いにあるところから一本入った山際にあるのだが、この工房に来るたびにあたりの様子が違っているのにはいつも驚かされる。その理由は、周囲に開発がすすみ、別荘風の新しい家が建ち始めていることにもよるが、工房の主人公、市野雅彦さんの人柄にもよるところが大きいのではと最近では思っている。というのは、知り合った頃は、道から入ったところにある母屋の座敷で作品を見たり、話をしたり、食事をしたりしたものだった。で、その裏に工房があり、窯があった。しばらくすると、その母屋のある裏手の山側を造作し、石を積み上げて段差をつけ土地を造成しだした。その造成された土地の上に新しい窯場とさらには、奥座敷ともいうべき囲炉裏のある見晴らしの良い談話室のような座敷を構えるようになった。そこからは、街道をこえて向かいの山並みが見渡せるようになり、開放感溢れる設えとなった。また、囲炉裏は温かな雰囲気を備え、そこにおかれる新作の魅力をよりひきたたせるような空間にもなった。実際、今回の個展の打ち合わせに訪れた時にみた、そこらあたりに何気なく置かれていた湯のみ風のものにひかれ、「これは」、と聞くと「赤ドベの試作に作ったもので」という。まさに大きさといい、形といい、湯のみにぴったりであった。「これは良いものですね、ついては、ギャラリーに送ってください」といってしまったほどであった。

囲炉裏端に座り、座敷から眺める山並みを見つつ、奥方のいれてくれるお茶を飲みながら、四方話をしていると、いつのまにか市野さんの話の調子に乗せられていき、結局、肝心の個展の内容については後回しになってしまうということが間々あった。それだけ、彼の話はいつも面白いということだが、それはまた、市野さんのもてなしでもあるのだ。だからこの時は、その調子に乗らないように気をつけていた。そうした私の固い気持が顔に出たのではないかと案じてもいたが、この日に限っては個展の内容について詰めた話ができた。やはり、それだけ彼の今回の個展に対する思いが強いのではなかろうか。良きことと思う。個展というのは作家にとって大事な発表の場であるが、ギャラリーにとってもお客さまへ思いを伝える場として重要なものなのだ。まことにその意味では充実した時間を過ごすことができたといえる。ありがたい。工房から東京への帰り道は、市野さんの運転により新神戸まで送ってもらった。新神戸までは、新しい道路が出来て40分ほどであろうか。東京への帰りもかなり楽になった。これもありがたい。

さて、奥野さんのガラスだが、この個展までに実はいろいろと打ち合わせを重ねた。これほど時間をかけて準備をすすめた個展は初めてに近い。ガラスというと夏場の商品という思い込みがあるが、実は、これは、涼しげな器の様子から夏に相応しいということから生れたものだ。奥野さんの作品は、器ではなく造形作品。涼しげに見えるかどうかはなんともいえないが、今回のテーマは「風の通り道」であるからなお、涼しいのではないだろうか。意欲的な形は、見る人に強い印象を与えることは間違いない。

ところで、奥野さんの工房は、東京の恵比寿にある。恵比寿というと渋谷と目黒の中間で、最近ではかつての札幌ビール跡地の開発で、一躍大きな商業地として脚光をあびているところでもある。工房は、その恵比寿の裏手にあるのだろうか、昔の住宅地にある古い洋館のなかである。最初に訪問した時には、奥野さんから行先を聞き、地図を片手に行ったのだった。ちょうど、JR恵比寿駅のロータリーから駒澤通りをくだり、幾つかの信号の後に細い路地を左手におれるということだった。勿論初めての訪問で、恵比寿といってもそのあたりには行ったことも無く、道を探すことに不案内というか、全くの方向音痴とも言うべき私のことだから一抹の不安を抱いていた。同行のギャラリースタッフがいたので、私自身は安心していた。が、そのスタッフはきっと心配していたことと想像できる。じつは、一年ほど前に、そのスタッフと三重県にあるパラミタ美術館に行った時のこと、私が降りる駅を一つ間違え、炎天下30分ほど歩き続けたことがあったのだ。

で、恵比寿駅から駒澤通りを下りつつ、そのようなことを考えながら歩き、このあたりからというところを左へ曲がった。そこは、車の通れないほどの細い道で、ゆるやかな登り坂になっていた。その辻を入るとすぐに、これまでの喧騒は消え、景色はまるで別世界にあるような雰囲気となった。そしてしばらく道なりに歩くと、左手に古い洋館のような建物があり、ここだろうとその建物の正面に周った。正にそこであった。自分としては、まぐれのような目ざすところへの到着であった。その後、何回が訪問したが、いずれも迷わず行けた。ところが、展覧会直前の打ち合わせの時に迷ってしまった。というのも、来た道を戻るということではなく、駅への近道ということもあり、帰り道からその工房へいこうとして迷ったのだ。全ての道はローマに通じるが、慣れた道も大切にしたいものだ。慣れたからといって、違うことをすると往々にして間違いを引き起こすことになりかねない。注意。
Copyright (c) Yufuku, Inc. All Rights Reserved.