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店主のささやき
去年の12月、天皇誕生日の朝に目に異常をきたした。近くの洗濯屋に洗濯物を出しに行こうとビニール袋を持って立ち上がった時に何かを感じたのだが、そのまま表に出た。すると世界が一変していたかのように、目に写るものが二重になっていたのだ。それが自分では何が起きたのかを理解できずに、寝起きの焦点の定まらないような感覚をもちつつ、道路を歩いていた。歩いてはいたが、なにやら異様な景色に途惑うばかりであった。それでも、その日に洗濯物を処理しなければという焦りから、なんとか洗濯屋まで行った。帰り道も状況は変わらず、普通ではない体の感覚から「これはひょっとして脳梗塞では」という疑念を持ち始めた。家にもどり、すうと汗が滲み出るような、心持穏やかならずというか、困ったような感じから文字通り目の前が暗くなるような朝となった。事態を冷静に考え、これは、一刻も早く病院へ行かねばと、主治医のいる病院へ電話をかけた。その病院は年末のその祝日も開いていて、主治医にすぐに繋いでくれた。手短に私の体の状況を説明すると、すぐに来院するように言われた。飛ぶように病院に着くや否や、朝からの体の状態を話した。すると、これは一度MRを受けてくださいという。実は、一ヶ月前にもこのMRを受けたのですとお答えすると、「この一ヶ月の間に何が起きたかを知ることもね」と言われた。「自分は頭の専門家ではないので、今日丁度、その道の専門家がきていますからMRの予約を入れておいたので、すぐに受診してください。その結果は、その専門医にまわすので、これも予約を入れておいたので診察してもらって下さい」と、手際よく、これから私が何をすべきかを話してくれた。本当にいつも緊急時といわず、事あるごとにお世話になっている先生だけに有り難いことだと感謝しつつ、その病院の地下にある、MR検査室へと向かった。この先生には、もう10数年お世話になっていて、私の健康状態については自分以上に知っている方でもある。
MR検査室に行くと、前回の顔見知りの看護士がいて、こういう場合に顔見知りがいるというのはそれだけで心強いものがあるのだが、前回の話をしながら、着替室に案内され、着替えると、まるで私を待っていたかのように、機械がそこに横たわっているではないか、などとおもいながらも、藁をもすがるような気持になっておとなしく、身をそこに横たえた私であった。がん、がん、がん、という頭をゆすぶるような音にも慣れたのか、あきらめにも似た感情からなのか、その20分ほどの時間は一ヶ月前に受けた時よりも、早く感じ、俎板の鯛にも似た体の変化を感じつつ、もし梗塞だったらどうしようという不安も少しよぎり始めた。20分後にその機械を離れ、また、受付というか待合室で待っているように指示があり、検査が終わった安堵感やら、これから受ける説明への恐れやら、複雑に入り混じった感覚を自分自身で楽しむかのように待っていた私であった。
指定された時間に頭の専門医の部屋に通された。先生は、頭を輪切りにしたいくつもの写真を机の上部に貼り出していた。裁判所の判決を聞くような覚悟を持って先生の前に座った。「幸い、頭は大丈夫ですね、脳から目に繋がる神経も異常なしです」といわれた。「眼科医へ行かれたらどうでしょうか」という先生の言葉をありがたくも困惑した面持ちで聞いたことを今思い出した。そうか、眼科か。眼科というと、最近お世話になったあの女医さんの顔が浮かび始めた。
その女医さんにめぐり合ったのには幾つもの伏線がある。私は、この2年ほど、さかさまつげに悩まされていた。まつげが瞼の内側に生えるのだ。最初、ちくちくとして、目が充血してきたので、是はおかしいと眼科医院を探した。するとギャラリーから5分のところにY眼科があった。先生は年配のというより大分お年よりの方で、見るからに優しそうであった。先生は、「これはさかさまつげですね、抜きましょう」といわれ、顔を固定する台に顎を乗せた。先生は、ピンセットのようなもので、手際よく何本かのまつげを抜き去った。すると、それまでにちくちく感がなくなり、すっきりとした感触であった。礼を申し上げると、また、何かあれば来なさいと。2,3ヵ月後、また、ちくちくしてきたのでそのY眼科を訪れ、さかさまつげを抜いてもらった。それからは、もうさかさまつげを気にせずに、痛くなったらすぐY眼科へと安心していた。ところが、蜜月はそう続かず、ある日、Y眼科へ行くと先生が不在だった。聞くと、先生は暫く特別な用ができお休みです、代診の方が代わりに診察しますとのこと、まあ抜くだけだからとその代診の先生に抜いてもらったが、やはり、技術が違うというか何か物足りない。結局うまく抜けず、後遺症のようなものまで出来た。
そこで、別の眼科を見つけなければと探している時に、T眼科というのが見つかった。しかも女医さんという。丁度、住んでいる場所とギャラリーの中間にあり便利だ。予約は必要ないということで、まず訪ねてみた。すると待合室に人があふれているではないか。これは大変だなと思いつつも、これだけの人が押し寄せるのだからきっと名医に違いないと、まずは待つことにした。待つこと数十分、名前を呼ばれ診察室に入ると、妙齢の上品な女医さんがいた。優しく接してくれて説明も丁寧に、また、さかさまつげを抜くことも上手だった。こうして私は、新しい眼科の先生を知り、安心した日を取り戻せたと思ったのだ。先生との出会いが別の結果をもたらすとは露知らずであった。
そして、あの天皇誕生日を迎え、別世界に突入したのである。で、眼科に行ってくださいと言われて、この女医さんを思い浮かべ、去年も押し迫った25日、クリスマスの日でもあったが、女医さんのところへ行き、いきさつを話したのだ。話すと先生は、私の目を見ながら「斜視です」といわれ、これは私の専門外なので近くの病院を紹介するのでそこへ行ってくださいとのことであった。すぐさま、その病院の眼科へ行ったのはいうまでもない。するとその眼科医はYさんといわれた。あのYさんと同じ苗字ではないか。年齢的にいうと親子ほどの違いだ。もしかしてあのY先生の息子さんかと。ともかく、その眼科の先生に診てもらった。すると、「右目の眼球を動かす筋肉4本のうち、一本が弱っています。幸い脳には異常がないそうなので、この筋肉の回復を待ちましょう」と言われた。その筋肉が何故弱ったのかは、筋肉に繋がる毛細血管が詰まったのでしょうとも言われた。その上で、人間には、弱ったものを避けて新しい神経回路を作る能力があるので、この筋肉を動かすような回路がやがて出来ます、大体3ヶ月かかるのですと説明された。なるほど、なるほどと肯くばかりであった。だから特に治療とか投薬とは必要なく、毛細血管を強くするビタミン12を処方するので、それを毎食後一錠飲むように指示を受けたのであった。
思えば、こうした治療を受け、先生から適切な処置をしてもらえたというのは、あの女医さんと知り合えばこそ、更に言えば、あのY眼科の先生がお休みになったからではないか、と思うとめぐり合わせとは不思議なものと感嘆するばかりであった。今回の個展は、朝倉さんと知り合ったから出来た展覧会だ。朝倉さんと私は全く接点が無かったが、ある人を介してしりあい、だからこうした会の開催へと結びついたのだ。人間の関わりとは、私の目のこともそうだが、本当に不思議なものだ。 酉福店主 青山光雅
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