何かのきっかけで昔のことを思い出すことがある。
「窯は高野山の近くです」と言う沖さんから、彼の工房への招きを受けた時、急勾配を登るケーブルカーや、昔の武将たちの眠るお墓のある風景など、今では遠い記憶になってしまった子供のころ、一夏を高野山で過ごしたことが、突然まぶたに蘇ってきた。
私が彼の作品に出会ったのは、築地のうなぎやだった。
今は亡き器好きの大女将に、あけびの形にも見えるその信楽の小鉢の事を尋ねたのが最初だった。それから十数年、渋谷にあるギャラリーで毎年開かれる個展をはじめ、大阪や横浜など、行く事が可能な個展には欠かさず足を運んだ。一種の"おっかけ“である。沖康史さんは、実に信楽の土を自由自在に操れる作家だと思う。
現代性の中に伝統的な香りを漂わせるものや、西洋的でありながら和の一面も十分に持ち合わせているものなど、とにかく様々なニュアンスを試みる。そして独自の登り窯で焼成する事により、さらに作品に生き生きとした表情を吹き込めるハイセンスな人だ。
今回は、"灯かりとり“を中心に個展をお願いしてみた。
沖さんは、作品の面白味は当然の事ながら、それ以上にその作品から放たれる光がいかに表現されるか、いかに楽しいものになるかに挑戦してみたいと言っていた。
沖さんの工房を訪ねたのは秋。頭を垂れた稲穂がたなびく金色の絨毯のような、心休まる村の、神様のようにもみえる大きな木の奥にある一軒家だった。 |