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漆芸について、一般の人にもわかるように説明するのは至難の技である。なにしろ用語が難解である。「なやす」とか「くろめる」などといわれても、実際に漆を扱ったことがない人にとっては外国語も同然だろう。「螺鈿」ぐらいは読める人もいるだろうが、「籃胎」「蒟醤」「肉合蒔絵」などなど、難しい漢字が頻出するのでは、理解どころの話ではない(ちなみに以上の4つは順に「らでん」「らんたい」「きんま」「ししあいまきえ」と読む)。だから説明するほうもされるほうも、ほとんど途中で挫折する。
「蒟醤ってなんですか?」と聞かれても、「漆の技法の一つですよ」ぐらいでお茶をにごすことになるのである。
もちろん専門的な解説書はあるので、漆のプロを目指す人は勉強できる。だが、漆にとっていま必要なのは、一般の人の理解を広げることである。簡単な作り方を教えたり、買い方指南の実用書的なムックは、陶芸ほどではないけれども、あることはある。ただ、実用と同時に、「文化としての漆」の理解を欠くことはできない。
これまでその役割を果してきたのが松田権六著『うるしの話』(注)である。名著であり、これからも読み継がれるだろうが、出版されたのはもう40年近く前のことである。だれかが一般の人向けの、しかも現在の漆の本を書かなければならなかったのである。つまり、今度の室瀬さんの本には、漆の新しいスタンダードをつくるという意図があったはずだ。
『漆の文化』は4章から成る。
第1章「漆文化再生への取り組み」では、まず、これまで日本の漆の起源は6000年前とされてきたが、最近の研究では9000年前、つまり中国の7000年前を上回る可能性が出てきたとうれしそうに書いている。そして、漆掻きの方法に触れ、日本産漆を称揚する。
第2章「漆をめぐる旅」では、これまで室瀬さんが調査などで訪れた各地の漆芸について解説する。南蛮漆器、中国、韓国、国内では正倉院、伊勢神宮、三嶋大社から輪島、木曽、琉球へも筆が及ぶ。蒔絵の歴史についても語られ、空間と時間が交差する章である。
第3章「漆工材料と技法」は、素地、塗り、装飾、それらに使う道具などについて、丁寧に解説している。蒔絵で使う筆は鼠の毛で作るが、入手困難になり、猫の毛で代用していること。しかし、猫の毛では腰が弱く、「これからは細く張りつめた直線は引くことができなくなるかもしれない」と危機感をつのらせる。
第4章「文化財保存と創作」は文化財保存の実際と意味について語る、室瀬さんならではの章である。「修復は可能な限り消極的に構えるべき」だとする意見は、当然とはいえ卓見だし、また、法隆寺のように建物を同じ状態で保存するのも大切だが、伊勢神宮のように20年に1度建て替えるのも、技術の保存という意味で重要だという指摘にはハッとさせられた。
松田権六の『うるしの話』は2部構成になっており、第1部は漆の話、第2部は「漆とともに六十年」と題する回顧談である。この第2部が読み物として無類に面白い。
室瀬さんにお願いしたいのは、ぜひ長生きし、『うるしの話』第2部に相当する話を書いていただきたいということである。
(注)
松田権六は「漆の神様」といわれ、蒔絵で第1回の人間国宝に指定された。平成元年、94歳で没。その著『うるしの話』は1964年に岩波新書の1冊として発行されたが、現在は岩波文庫に収められている。
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