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漆は日本を代表する自然塗料
工房ジャパンアート主宰 小坂康人

1. 漆の起源と種類

漆の木は、分布上から見れば日本及び中国において漆塗りが発生進化したようで、それは日本より中国の方が古く紀元前四千年に始まったとあります。日本の漆工の起源としては、縄文晩期までには漆塗りの技術が存在していたとされています。

日本における漆塗り技術の進歩は、中国のそれをしのいで、陶器は「China」と言い、漆器を 「japan」と言う国際用語にまでなり、日本を代表する文化になったのです。しかしそれほど優遇され、 奨励され、発達した漆器や漆の木が、現在日本において何故少なくなったのでしょうか。それはプラスチックや合成樹脂塗料のような石油二次製品の急速な普及により、量産化時代の中で置き換えられてきたり、安価なイミテーション漆器製品が大量に出回り始めたことなどによって、本来の漆器の存在が厳しくなってきたとも考えられます。また輸入漆の増加により、漆液の価格が低下し、漆掻き作業が大変なことから、産業として厳しくなってきたこともその理由のひとつと思われます。*1 しかしながら漆の効能、漆の良さはイミテーション商品のおかげで、現在特にダイオキシン、環境ホルモン等の危険性が叫ばれる中で再び注目され、見直される時にきていると思われます。

「うるし」の語源は、漆の紅葉の色と漆塗りの美しさ「うるわしい」から来たものと言われています。 〔あたりまで あかるき漆 紅葉かな〕と俳句に歌われているように漆の紅葉は『もみじ』にならんで美 しいものです。そしてその漆塗りの深みのある色調、光沢は見る人を魅了せずにはおきません。

漆膜の耐久性は4千年とも5千年とも言われますが、それは室内、地中など紫外線の当たらない場所に保存された場合で、太陽光などの紫外線により強靭な漆の塗膜は破壊され、風化してまた 自然に還るのです。

さて漆が採れるのは漆属植物で、それは8種あり、日本ではヤマウルシ、ツタウルシ、ハゼノキ、ヌ ルデが自生していますが、その全てから漆が採れるわけではありません。ヤマウルシとウルシノキから採れますが、ヤマウルシは品質も悪く小量のため実用には適しません、したがってそのほとんどがウルシノキから採られているのです。

ウルシノキは北海道をのぞく全域に分布していますが、採取されている地域は限られ*2、その生産量は、4、5トン程度しかなくそれはほとんど栽培木です。東南アジアや中国、朝鮮半島、日本などがよく知られた漆器の生産地ですが、漆と言っても前述のように種類が多く、性質も成分も異なりその土地にあった植物として存在しています。単純に南に行くにしたがってゴム質が多く弾力のある被膜になります。日本の中でさえも産地で性質が違うと言われています。

2. 漆の採取

漆の採取は入梅の直後6月中旬から採り、11月下旬に終わります。幹の掻ける場所を20〜30cm間隔に水平に掻き傷を約10カ所に付け、4日に1回5m間隔で掻き傷を入れて採取して行きます。掻子(傷を付け漆液を採る人、日本ではわずか50人足らずと推定される)一人標準400本の木を受け持ちそれを4等分して100本を1日で廻り4日で一巡します。毎日同じ木に傷を入れても漆液は思うように出ないので3日位休ませます。雨の降る日は水が混じるので作業は出来ませんから、 1シーズン180日間で25回転くらい廻り、1本の木から約200グラムの漆が採れます。1シーズン採取 し終わると最後は木を切って絞り採ります。この日本での採取の仕方は殺し掻きと言われますが、しかし翌年には「ひこばえ」と言う芽が出て約10年経つと一人前の漆が採れる木に成長するまでに再生するのです。しかしこのように10年かけて一本の木から約200グラムの漆を採るのですから高価なわけなのです。

3. 漆の特性

漆は生活の上で器物を長くきれいに保つため必然的に使われ始めたものだと思われます。木曽では昔から木を長持ちさせるために家の柱や梁に漆を塗りますし、漆塗りめんぱ(弁当箱)は漆の抗菌性をうまく利用して、腐りにくいということから今でも人気があります。最近私の塗った漆塗り浴槽が湯のぬめりが発生しない他、一週間ほど使用した湯が濁らないなど、浄化作用とも思える住まい手からの報告もあります。したがって湿度の多い浴室の壁天井に漆を塗り時々モップなどで拭いてやれば カビが発生することもないでしょうから、これから実践して行きたいと思っています。

鉄粉を入れた漆塗りは装飾性に加えて、金属への優れた接着性、防錆効果があるということで、戦国時代には鎧、兜、刀に使われたそうです。そして昭和に入っての戦争でも小銃の銃床や大砲の砲身に、また砲弾の内側や弾丸を運搬する弾丸箱の内側に塗り火薬が化学変化を起こさないように、また、湿らないようにと使用されたのです。

木曽の奈良井から採取される錆土は鉄分が多く含まれているため漆との硬化反応が非常に良 く、この錆土と生漆で練り合わされた錆漆で下地をした木曽漆器は堅牢であるとして学術的にも評価されています。

接着剤としての漆塗り技術としては、金箔を仏壇や仏像に張り付けること、木造船での木と木の接着、漆器や陶器の修理、木地に布を張り付けることなどがあります。接着とは被着体と接着剤の分子同士が引っぱり合うことです。したがって凝集力の大きい漆は、接着剤として優れているのは当然です。

漆の塗り面、塗膜は、高分子がさらに編目状に結合して出来ています。それは編目より大きい水の分子をよせつけず、木地に酸素を通して呼吸させます。現在ほとんどの建材がウレタン塗装で施されていますが、たとえそれが合板でなく無垢が使用されていても木の呼吸を遮断してしまったのでは木の持つ本来の持ち味は生かされません。それとは基本的に異なる性質が、漆が生き物と言われる由縁でもあります。そして粘り性と弾力性を備え、それは温度変化にもあまり影響を受けることなく粘弾性を維持します。そして耐酸性、耐アルカリ性の性質を持ち優れた塗料と言えます。

今までは、自然乾燥による塗りがほとんどでしたが、最近は南部鉄瓶のように高温硬化法による漆塗りが多く取り入れられてきました。長野冬季オリンピックで入賞した選手の胸に輝いたあの、金、 銀、銅の入賞メダルがその代表に上げられ、木曽漆器における技術者達の作品です。

現在私も、従来からの漆塗りの概念にこだわらずに、漆の高温硬化法の応用により漆の臭いが気 になる容器にも、今まで不可能だった素材(ガラス)にも実用上十分な性能を持った漆塗り(うるしグラス「すいとうよ」)を商品化するなどし、漆とガラスの縁結びということで縁起物ギフトや御婚礼の引出物にと、新しい分野に挑戦しています。

4. 漆の美しさを保つ方法

漆の性質上自然乾燥による一般漆器は、塗り上がってから約1年をかけて硬化し続けますので、 その間はていねいに取り扱って頂きたいと思います。それ以後はかなり堅く(硬度6Hとされる)なりますので、他の食器等とほぼ同じ取り扱いで構わないのです。作り手として実際に使用してみた漆の耐久性としては、毎日使うお椀、箸を例に上げた場合、漆をかけた回数にもよりますが、最低4回程度しかかけないものでも、拭漆製品で1年半から2年半、漆塗り製品で3年から5年程度でしか角がスリ減ってきません。よほどの扱いをしなければ欠けたり、割れたりしませんので大変丈夫ですし、大変経済的であると言えます。

万が一欠けたり、割れたりまたスリ減った時には、早めに補修をすれば引続き長く使用することがで きます。ただし電子レンジや直火、ゆでる、蒸すなどでの使用はしないことと、太陽光等の紫外線に長く当てないことに注意して下さい。とは言っても今の生活環境は、明るい部屋が多く夜でも蛍光灯の紫外線にさらされるなど、紫外線を受けないことなどは難しいことです。したがって室内に据え付けのテーブル、家具などの漆塗製品は少しづつ劣化してゆく運命にありますが、その劣化を抑える手段として一年以上経過した物に食用油を小量しみこませた柔らかい布でからぶきの要領で磨き上げると光沢も出て長持ちします。しかし科学雑巾を使用することは避けて下さい。

5. 日本の気候にあった塗料

白蟻対策と称して住まいの床下に大量の農薬を撒いたり、劇物を散布する処置が取られているようですが、大変な問題です。床下から部屋の中に農薬、劇物が気化して長い間人の健康を脅かすでしょう。そんなところにも漆を塗ったならば、木材を湿気から守って白蟻をよせつけずあまり高い床下にする必要もなくなり紫外線も入らないので漆の強度も保たれて、有害物質を使わない健康な家造りの基礎が出来るでしょう。

以上まだまだ漆の使用例は、その特徴を生かして数限りなくありますし、可能性も沢山あるのです。何と言っても他の塗料のように有機溶剤で薄めなくてもそのまま塗れますし、特に薄める場合には、天然溶剤である松根油などを使用しますので、溶剤の揮発による健康への影響や環境汚染を生じないと言えます。また他の塗料を作る時に必要とする熱量を比較しても非常に少なくて済みますので環境に負担を与えません。太陽と水と土によってはぐくまれ、そして太陽の光で分解され還る、公害のないリサイクルされる塗料であるということです。その漆は、酸素と温度、そして湿度、特にその水分を取り入れて乾燥します。すなわち日本の高温多湿の気候にぴったり合った塗料と言えます。

6. 住まいと漆

私はこんなアッバレな漆*3 を、この利点の多い漆を、そして健康に良い漆を少なくとも住宅の床、階段、手すり、ドア、取っ手、棚、洗面台、風呂桶など、手で常に触れる部分や口に直接触れる食器には使って行くべきであると考えます。プラスチック容器、合成樹脂塗料で塗られた容器、食器からは環境ホルモン等の人体に有害な物質が、直接食品や口を通して人間の体内に入ってきます。最近そんな容器が問題になり、回収騒ぎにまでなったのは記憶に新しいことです。しかし、すでに極少ない単位で人間の体内には、何十年にわたって蓄積され続けてきているはずで、今では母乳を子供に飲ませられないのでは、と叫ぶ母親や、学者が現れ始めています。どうか今の内に、こんな危険な化学容器は使わなくて済むようにしたいものです。

最近問題なのが多くの住宅に床暖房システムが増えてきていることで、暖められる床材が合板でウレタン塗装に代表される揮発性有機溶剤が発せられるものがほとんどです。快適が、害適になっていることでしょう。ある住宅説明会で床や壁、天井の揮発性有機溶剤を抜く方法として部屋を40度、50度に暖めて夕方窓を開け外に出すガス抜きを3日間(床暖房も付けっぱなしで3日間)行なえばほぼOKという説明がありましたが、完全ではありませんという補足もありましたし、何よりも造る時そして廃棄する時に環境に悪いことは、解決しません。

7. 漆の未来

そこで漆をおおいに使ってゆきたいところですが、特に日本産の漆については、栽培場所が山間地にあるものが多く採取に要する手間も労力も想像を遥かに超え、採れる量も少なく価格も非常に高いため、現実には工程の一部に使われているだけと言うのが実状で、そのほとんどを中国産の漆に頼っているのです。御存知のように樹木は、光合成によって二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す、地球の浄化装置です。それは漆の木も例外ではありません。休耕田や遊んでいる農地や原野、河川敷に漆の木を植えて栽培したなら、もっと効率よく漆が採取できる上、量も価格も安く安定供給できるのではないでしょうか。その上地球温暖化につながる二酸化炭素の削減にもつながり、中国漆に頼る度合が少なくなり日本の気候風土に適した漆がより多く使用できることになるのです。

最近二酸化炭素を排出しない原子力発電を主流にという報道がされましたが、あのどうしようもない核廃棄物を出すことを思えば、最近発見された二酸化炭素を食べる微生物に酸素と燃料を作り出させる微生物浄化や、漆の木のように酸素と漆を作り出す木を増産したりする方法を組み合わせたりしたならば、原子力発電に頼らなくても二酸化炭素削減は出来るのです。本当の意味で自然にやさしい循環構造が出来るはずですし、それこそ「幸せになるため」の理にかなった方法のひとつでしょう。そんな願いも含めて私は、漆に携わる人間として漆の木の植林推進運動を進めていこうと思います。

最後に、こんなに安全で健康によい「リサイクルする漆」を大いに利用することを推奨し、願うものです。
緑なす大地よ地球よ永遠に。


*1
漆には、日本、中国、韓国のウルシオール(C21H33O2)を主成分としたものと、台湾、ベトナムのラッコール(C23H36O2)を主成分にしたもの、そしてタイ、ミャンマーのチチオール(C22H36O2)を主成分にしたものの3種類に大別されます。
*2
主な産地は青森県、岩手県、福島県、茨城県、石川県、岐阜県、徳島県、新潟県、長野県等。
*3
漆産業の裾野は非常に広く、またそれに携わる人口も非常に多いのです。掻子、木地師、下地師、塗師、呂色師、蒔絵師、沈金師。これらのひとつひとつの背後には道具や材料を提供する様々な職業があります。例えば塗師の場合、塗師が使用する刷毛、箆、容器、顔料、染料、布、紙、錆土、地の粉、木粉、炭粉、貝、 金、鎌、塗師刀、砥石、砥炭。まだまだ漆塗り材料はたくさんありますが中でも吉野紙は、漆を漉すために作られた和紙です。吉野紙が出来るまでにはそれを漉く人、漉く道具を作る人、原料を取る人、糊を作る人またその糊を取る人といった具合に一つの材料や道具、器具をとってもそれに関わる人、補佐する人やその家族がたくさん控えています。ましてや販売に携わる人まで加えれば膨大な数にのぼるでし ょう。そんな漆産業は社会にも大変な貢献をしているのです。

「町全体が森になるといいな」 自然住宅からはじめる至福生活 田久保美重子、自然住宅。
・住まい方推進ネットワーク【共著】 1999年12月15日発行 北斗出版より
小坂康人のプロフィール
1952年 生まれる。
1982年 全国伝統的産地大会入賞
1983年 中信美術展入選(1987年も)
1985年 一級技能士取得・同技能士大会2位入賞(1986年も)
1992年 全国漆器展入賞(1997、1998、1999、2000年も)
1993年 伝統工芸士取得 1994年 木とくらしのクラフト大賞展入賞
1995年 長野県デザイン展入賞(1996年も)
1996年 札幌芸術の森クラフト展入選
1998年 国展入選(1999年も)
2000年 札幌芸術の森ビアマグランカイ展入選
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