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蕪絵合鹿椀
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根来塗会席椀と桜うるみ塗おもてなし盆
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村瀬治兵衛さん
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村瀬治さんが三代目村瀬治兵衛を襲名して1年半。心境と進境を取材すべく、久しぶりに展覧会を訪ねた。
まず心境のほうだが、三代目に慣れましたかという質問に「生まれたときから三代目といわれてますから」と答えて、こう続ける。
「自分の希望では『治』でいたい。でも、いままで『治ちゃん』と呼ばれていた方から『治兵衛さん』と呼ばれたりすると、責任というか、もう中途半端なことはできないと思います。父方も母方も代々の木地師で、血といいますか、もうやめられないという感じです。やめて何をやるんだといわれても、これ以外何もできないんですけどもね」
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根来塗蓋菓子器
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根来塗菓子器 雲型足付
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独楽平茶器
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屋久杉亀香合
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沢栗まな板皿
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そして進境のほうだが、これは展示された作品を見るのがいちばんである。
心配していたのは「三代目」を意識するあまり、「治兵衛の根来」にガチガチに縛られているのではないかということだった。しかし、印象は逆である。もちろん、展覧会のメインは「根来塗蓋菓子器」「根来塗菓子器 雲型足付」「根来塗会席椀」など、堂々たる「治兵衛の根来」である。一代ではできない、代を重ねることで到達した見事な作品で、見飽きることがない。
それらの鑑賞に浸っていると、目の隅のほうで、「こっちも見てよ」とシグナルを発するものがあるのである。それが「独楽平茶器」であったり、「屋久杉亀香合」や巻貝、どんぐりの形をした小さな香合たちで、愛らしくもにぎやかに誘惑するのである。
勝手な解釈だが、名実ともに三代目となって、村瀬さんはある種の「自由」を手にしたのではないか。まだ三代目になってもいないのに「三代目」と呼ばれる居心地の悪さは、経験したものにしかわからないだろう。若いころはいろいろ実験的な作品も作ったと聞いているが、それらはむしろ、逆に「治兵衛」の呪縛だったのではないだろうか。名実ともに三代目になることで、その呪縛から解かれた。
村瀬さんがいまいちばん考えているのは「魅力」についてだという。漆器は使い方次第で何百年ももつ。しかし、いくら耐久性に優れているなんていっても、買って使ってもらわなければ始まらない。そのために自分はどんな「魅力」をつくり出せるのか。
「いままでは、作品は自分で作るものでした。でも、これからは人といっしょに作っていこうと思っています。私達は、作っているときはその作品に惚れ込んでしまうということがありまして、ユーザーの気持ちを忘れてしまうことがあるんです。世間が求めているものをもっと勉強しないといけないと思います」
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根来塗高杯(内朱)
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根来塗高杯
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たとえば、「根来塗高杯(内朱)」は村瀬さんの考えで制作したものだが、これを見て奥さまが提案したのが、全面が朱の「根来塗高杯」である。会場では、奥さまの提案で作ったもののほうが、目立つ場所に展示してあったが、人の意見を聞けるということは、村瀬さんが自由になったことのひとつの証だと思う。
今回の作品はどれも「子どもがプラモデルを作るような気持ちで作った」という。
「早く完成したい、早く見たい、そう思ってついつい夜遅くまで起きていて、母親に怒られたときの感覚、そんな感じで作ったんです。こちらの楽しさが、漆の肌を通して伝わるといいなと思います」
「村瀬治兵衛展」は2003年3月3日(月)から3月15日(土)まで東京・銀座のギャラリー「無境」(中央区銀座1−3−17 アネックス福神ビル5F TEL.03-3564-0256)で開かれている。時間は10時から19時までで、8日、9日、15日は村瀬さんが会場に詰める。

沢栗すり漆干菓子器(五客)
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巻貝、どんぐり、独楽塗の各種香合
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文と写真: 岡崎 保
| 三代村瀬治兵衛(むらせ・じへい)さんのプロフィール |
1957年 二代目治兵衛の長男として東京に生まれる
1980年 東京造形大学彫刻科卒。家業に従事
1989年 池袋西武担い手3人展開催
1991年 京都嵯峨吉兆にて父子展開催。この年より2、3年に1回父子展を各地で開催
2001年 三代目治兵衛(木地師としては7代目)を襲名 |
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