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展覧会見て歩き
矜持と倫理「順手の器 山本英明の世界」

 冒頭に「順手とは何ですか?」とお聞きした。山本さんは一瞬きょとんとし、「何かあったほうがええな」と呟くと奥に消えた。そして急須を持って戻ってきた。
 「ええか、これが順手。こう注ぐのは逆手や」
 と身振り手振りで説明してくれる。記者といえども、順手と逆手ぐらいは知っている。鉄棒の握りで、手のひらを前に向けるのが順手、手のひらを後ろに向けるのが逆手である。しかし、この質問を最初にしたことは正しかったのである。そこから記者の知らない「順手」の話が続々と出てきたからだ。

勝英汁椀
仮床と薬壺
サイドテーブル尺2と片口
水板と風呂先屏風
 「要するに自然に振る舞えて、余裕のある形が順手、不自然で窮屈なのが逆手じゃ。ものごとはここから考えればいい。そうすれば自ずから、形というものにはしてはならんことと、どうでもしなくてはならんことがあることがわかる」

 順手、逆手の考え方は形についてだけの話ではない。たとえば漆の後継者がいないことが問題になっている。だからといって税金をたくさん投入して後継者を養成しようとするのは順手の考え方ではない。需要が増えれば後継者はほっといても育つ。後継者養成より需要を喚起するのが順手の考え方である。
 この考え方を押し進めるとこうなる。

 「注文があって、それが採算に合えば、どんなことでもします。プラスチックに漆を塗ることも、吹きつけもやりますよ。仕事だから、させてもらいます。いい悪いは別です。それはお金を出す人が決めることでね」

 山本さんは使う人に指図をしないのだ。たとえば、椀に桜の蒔絵を施すとする。その椀は桜の季節しか使えない。それは余計な「指図」なのである。
 もう一つ例をあげよう。山本さんは酒器を作らない。酒器はやきものかガラスがいちばんだと思うからだ。

 「杜氏が酒のでき具合をみるとき、塗物の器を使いますか。ワインのテースティングをするとき、大きなグラスを使うでしょう。何百年も前からあの形だ。あの形がいいから、あの形から離れられんで。それを50年やそこらしか生きてない人間が、何で塗物に変えんならんの。これは順手ではないと思う。だけど、注文があれば酒器も塗物のワイングラスも、いくらでも作りますよ。塗師屋とはそういうもんです。芸術家ではないから」




山本英明さん
 山本さんは博物館からは学ばないと何度も言った。山本さんが学ぶのはあくまでも「現場」からである。つまり山本さんが作るものにはすべて理由があるのだ。

 たとえば、2歳のお孫さんが大人用の椀を使うのを見て作ったのが、小振りでかわいい「喰初椀」だし、座卓の面取りをしたのも、こうすると器や徳利を落とすことがなくなるからだ。これは山本家で実験済みである。また、座卓の脚は固定していない。せっかくの一枚板を職人が傷つけてはいけないという発想からだが、脚を横に倒すと高さが半分になり、鍋ものなどに都合がいい。勝英汁椀は急逝した親友、宮城県鳴子の塗師 伊東勝英さんを偲び、伊東さんの椀を引き継いで山本さんが作り続けているものだ。立山椀は立山のホテルの板前さんが、現地の料理を檜舞台に出したいというので頼まれた。器のラインは立山の稜線をイメージしている、などなど。個展の点数合わせに新作を何点か作るなどということは、山本さんは一切しないのだ。

 「定番として作るのはだいたい30種類ぐらいのもんでねえかな。それを作り続けて、一生終わるんだ、順手であればの。無理に形をこじつければ、何種類でもできるけれども」

 山本さんは図面などまったく引かない。木地師と酒を飲みながら、「こういうの」と説明する。それでだいたいできてくるという。ここをもう少し削ってなどと何回もやりとりするようだと、仕上がりはロクなものにならないそうだ。山本さんは、自分が作ったものの寸法も知らない。


布目座卓・うるみ鉢(大・中・小)・丸重(三段)


 愛想笑いを浮かべ、もみ手をしながら近づいてくる器が多いなかで、山本さんの器は背筋がピンと伸びている。贅肉のまったくない器たちだ。このへんの印象を、金沢美術工芸大学教授 柳橋眞さんは「禁欲的な厳しさ」と評している。ご自分ではどう思っているのか聞いてみると、最初意味がわからなかったらしく、「金欲的?」などと聞き返してきたのだが、照れたようにこんなふうに言った。

 「ぼくはテーブルに花なんかをいっぱい飾るテーブルコーディネーターが嫌いなんや。お目にかかるのが目的なんやから、まわりには何にも置かないのがいいんだって。ぼくが禁欲的なんていうことはない。欲、丸出しじゃ。欲っていうのは、こうあってほしいという欲望、それは絶えずある。ただ、指図はせん」

 「順手の器 山本英明の世界」は2003年3月16日(日)から3月30日(日)まで(月、火曜は休み)神奈川県茅ヶ崎市のギャラリースペース「俊」(茅ヶ崎市中海岸1−1−12 TEL.0467-88-2553)で開かれている。時間は10時00分から19時00分(最終日は17時)までで、16日、29日、30日は山本さんが会場に詰める予定。



胴張重箱

江戸通い箱

喰初椀・布目半月膳

汁椀(朱・黒内朱)

紅茶盆

立山椀

縁高春秋

おもてなし揃え

おもてなし揃え収納

文と写真: 岡崎 保 


山本英明さんのプロフィール
1940年、福井県鯖江市に生まれる。家は祖父の代からの塗師。漆とたわむれるように育ち、15歳でこの道に入る。総理大臣賞、通産大臣賞など数々の賞を受賞。4代目にあたる隆博氏とともに現在も精力的に仕事をこなしている。

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