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展覧会見て歩き


朱塗深皿


入月 昇さん
 入月さんの器ほど夾雑物を見事に排した器をほかに知らない。要素という要素をみんな切り捨て、その果てに何が残るのか、この人はその実験をしているのではないか。2年前の個展を見てそう思った。漆はいまいろんな色が使える。 xしかし、朱と黒と溜めという昔からある色しか使わない。デザインは、シンプルこの上ない。そして、塗りっ放し。つまり、研くという要素すら排除していることになる。だから、今回の案内状に「端反の器を中心に」とあるのをみたとき、「あれっ」と思った。端反(はぞり)はいうまでもなくデザインである。入月さんは引き算に引き算を重ね、その極限で、ついに足し算に反転したかと思ったのである。お会いして、まっさきに尋ねたのもそのことだ。「ウーン、ちょっと困るな。消極的な答しか出てこないけど」と前置きして、入月さんはこう話した。

溜塗大椀
時代椀(眉間寺)
溜塗端反盤
朱塗椀
黒塗端反鉢


「昔はね、非常に素直な器だけど、腰つきとか口触りとか、そういう器として大事なところに、自分にしか出せない曲線、コンパスや雲形定規では出せない、自分に染みついたぼくだけの曲線、それを出そうとひたすら頑張っていたわけですよ。でも、ここ10年ぐらいですかね、単なる器、普通の腰つき、普通の口触り、昔の給食で使っていたアルミのカップみたいな、何の変哲もない、微妙なとこなんかひとつもないような器だけど、よく見ると、ほかにはないぼくだけの形になっている、そういうものが作れないかと思うようになったんです。何ていうか、『微妙な曲線』から『直線的な曲線』へと変わってきた。そして、それらしいものが作れるようにもなってきた。だけどね、シンプルでなければいけない、直線的で無駄のないものでなくちゃいけない、そう思う一方で、転換もしなくちゃいけないという気持ちもあるんです。そんなとき、息抜きで作った端反にフッと見えてきたものがある。だから、なぜ端反かと聞かれたら、成り行きとしか答えようがないけど、端反をやろうと決めてからは、これでやるぞという強い気持ちがあるんです」

 入月さんは若い頃、端反をよく作った。それは「ふっくらとしてやさしい端反」で、「ふっくら」は入月さんの作品の定番形容詞になった。そういう「生ぬるい」ところから抜け出すために、シンプル路線、無駄を削ぎ落とす路線へと、入月さんは突き進んだのである。

「今回はむずかしかったですね。昔の『ふっくら』に戻ることはできない。直線的に、かといって冷たくなってはいけない。そういう意識をかなり強く持っていたので、昔のように自然にはできなかったところがあります。神経質になってしまって、しかも、神経質が器に出てはいけない。器はあくまでもおおらかで鷹揚でなきゃいけませんから」

 最初に「入月さんは反転した」と思ったのは、だから正しくなかった。確かに端反というデザインを足したのだが、直線的な端反、無駄のない端反を追求するという形で、入月さんの営為は継続しているのである。そして、作品を見た印象でも、そのことは裏付けられる。端反が加わったというより、直線的な端反の追加が、逆に無駄を一層削ぎ落とす効果をあげていると思えるのだ。




朱塗端反椀


朱塗豆子
朱塗楪子
 ところで、作品の銘に読めないものがあったので、入月さんに聞いた。朱塗豆子と朱塗楪子である。「豆子」は「づつ」と読むそうだ。これは昔からある形の忠実な写しだそうだが、なぜ豆子というかには諸説があり、「筒」がなまったという説が有力だという。なるほど筒型である。しかし、入月さんは別の説のほうが好きだという。それは、この器をよく見ると、「豆」という字に見えるという説だ。思わずうなった。まさに「豆」に見える!

 もうひとつの「楪子」は「ちゃつ」と読む。入月さんは酒器として作ったが、本来は茶菓子や精進料理用の器だったようだ。
「楪という字は、虫偏にすれば蝶でしょう。この器の形は蝶が羽を広げたように見えませんか」
 豆といい楪といい、入月さんはやはり目で考える人なのだなあと思うと同時に、おそらくあまり生活の役には立たない知識だが、なーんーか得した気分になった。

「入月 昇 漆芸展・・端反の器を中心に・・」は2003年6月5日(木)〜14日(土)まで、銀座7-2-22同和ビル1Fのギャラリー田中(・03-3289-2495)で開かれている。11時30分〜19時、最終日は17時で閉場。日曜は休み。作家在廊日は5日、6日、7日、11日、13日、14日。

文と写真: 岡崎 保 


入月 昇(いりずき・のぼる)さんのプロフィール
1945年 神奈川県藤沢市に生まれる
1970年 東京芸術大学工芸科卒業
1972年 同大学院(漆芸)修了
1973年よりグリーンギャラリー、池袋西武百貨店アート・サロン、山の上ギャラリー、銀座ギャラリー田中などで毎年個展開催。現在は神奈川県秦野市に在住。


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