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北原 久さん
朱厨子
盃とジョッキ
彫漆 野菊平棗
別に信心深いわけではないが、お寺が好きである。心が落ち着く、といえばあまりにありきたりだが、広い本堂の畳の上で、線香の香りに包まれ、庭の木々など眺めていると、生きていることも死ぬことも大したことじゃない、という気持ちになるから不思議である。
厨子、香炉、香炉台、応量器(托鉢僧が持っている鉢のこと)などなど、北原さんは好んでお寺にあるようなものを作る。金閣寺修復工事の漆工部主任を務めたことと、関係があるのかないのか詳らかではないが、漆芸作家としてこういうものを作るのは、もう北原さんぐらいしかいないのではないか。前回ご紹介した瓶子(「展覧会見て歩き」のバックナンバー参照)と並んで北原さんの代表作といっていい朱厨子を見ると、なぜか聖徳太子を思い浮かべてしまう。北原さんにそういうと、北原さんは笑って、「これを自分の仏壇として買っていく人が多いんですよ」という。
屋根の曲線が何ともいえない。おだやかで、おおらかで、包容力そのものである。それを支える柱や台の直線が、実にたのもしいのだ。
「私、わりかし直線に凝るんですけどねえ。曲線との組み合わせがむずかしくてねえ。屋根をもっと厚い板にして、曲線の傾斜を急にしたらと思ったりもしましたけど、バランスがねえ、高さの。こうやって完成してしまうと、もう、いじれないんですよ」
北原さんはほとんどの作品を、一枚の板から削り出して作る。この厨子の屋根も元は一枚の板だし、扉も指し物ではなく削り出して作ったものだ。だから屋根の曲線の傾斜は板の厚さ次第なのだ。
初めのころは、扉は蝶番(ちょうつがい)で留めていた。
「見っともなくてねえ。それに小さい蝶番って、いいのがないんです。自分で作るしかない。ここに金具がついていちゃあ、どうしようもない。でも、売れることは売れたんですけどね」
堆朱彫 花八角香合
香炉と香炉盆
左から汁椀、朱大椀、片口椀、そして箸
香炉台
いまは扉を支える柱に鉄の棒が入っていて、回転する仕組みになっている。
北原さんは、あまり人がやらないことをやる。そのひとつが堆朱彫だ。御堂香合にしても、花八角香合にしても、これは全部漆である。漆は何かに塗るもの、つまり木でも布でも紙でも何でもいいが、基体となるものが必要だ。しかし、堆朱彫とは漆だけを塗り重ねて厚みを出して作る。1cmの厚みを出すのに、漆を毎日塗って1年かかる。毎日塗ったりはできないので、これらの作品ぐらいの厚みを出すのに4、5年かかるのである。大きいガラス板に来る日も来る日も漆を塗る。ある程度の厚みが出たら、それを作品の大きさに切って加工する。しかし、漆は固まるとガラスのようになるので、彫刻刀の先がちょっとぶれただけで欠けてしまう。一旦欠けたら修復はむずかしい。断面はバームクーヘンのように塗り重ねた層が出る。彫れば下からいろいろな色が出てきて模様となる。これが堆朱彫である。こんな面倒なことをやる人は、なかなかいない。
北原さんの展覧会というと、どうしても厨子や瓶子に目が行きがちだが、今回の展示の中心は食器である。椀や皿、盛器、片口など、日常的にどんどん使えるものがたくさん並んでいる。北原さんにしては珍しいジョッキなどもあり、楽しい。
「私のは、使わないときは飾ってくださいといってます。この盃も普段は花でも入れていただけばいいんです」
栗を使った椀類は、いかにも頑固そうで、一生ものである。漆の粉を蒔きつけた箸も使いよさそうで、握って使い勝手を確かめていたら、昼食を食べていなかったことを突然思い出したのだった。
文と写真: 岡崎 保
応量器(入れ子を出したところと納めたところ)
「北原 久 漆芸展」
2003年9月19日(金)〜9月27日(土)
べにや民芸店(港区南青山)TEL.03-3403-8115
北原 久さんのプロフィール
1939年長野県生まれ。10年以上漆問屋に丁稚奉公した後、独立。塗りの職人として働くかたわら、自分の作品の制作も始める。信州美術会賞などを受賞。国展に所属した20数年前から作家としての制作だけに仕事を絞る。1986年には金閣寺修復工事の漆工部主任を務めた。その模様は昨年、NHK「プロジェクトX」で取り上げられた。
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