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展覧会見て歩き



佐川泰正さん
 漆器は堅牢な器である。しかしそれには、「きちんと仕事がしてあれば」という条件がつく。技術の上手、下手をいっているのではない。それ以前に、手抜きされていたり漆以外の塗料が使われていたりすれば、剥げたり欠けたり割れたり、ということになる。
 ただ、出来上がった漆器を見て、中にどういう仕事が施されているかを判断するのは、プロでもむずかしい。漆器を買うのは賭である。では、だまされないためにはどうすればいいか。方法は一つしかない。信用できる作り手のものを買うのである。
 では、どういう人なら信用できるのか、という話になる。もちろん、そんな基準などありはしない。言葉を並べることはいくらでもできるが、それがあてはまるかどうかが、まさに問題なのだから。
 したがって、戯言として読み捨てていただきたいのだが、まったく個人的に採用している基準があって、それは「酒呑みは案外信用できる」というものである。


徳利と冷酒杯(それぞれ溜と朱)

箱膳・飯椀(黒と朱)
 佐川さんは酒呑みである。それはご本人に確かめた。どのぐらい好きかは聞かなかったが、「かなり」と推察できる。その第一の根拠は、「酒宴卓」である。名前などなくても、これは酒を呑むしかない卓である。一目見てそれがわからないようでは、酒呑みとはいえない。大きさ(2尺)といい、高さ(20センチぐらいだろうか)といい、この卓を挟んで向き合ったときの間合いは、まさに二人で酒を呑むときの絶妙の距離といっていい。  第二の根拠は、徳利やぐい呑みに対する佐川さんの説明である。こういったのだ。
「やっぱりね、あったかい酒を入れると、最初は漆の匂いが気になりますね」
 こういうマイナス面もきちんと説明する人は信用できる。補足するが、常温や冷酒ならまったく問題ないし、使い込めば、匂いは消える。漆の匂いが好きという人だっているかもしれないから、マイナスとばかりは決めつけられないが。

 酒を少し離れて、佐川さんの器を全体的に見てみると、布目・研ぎ出し・真塗(いわゆる塗りっぱなし)の3つのバリエーションで構成されているようだ。加飾にはまったく興味がないので、ある程度の変化をつけてひととおりの食器を作るためには、これら3種類ぐらいの技法は必要なのだという。加飾とはいえないだろうが、展示されたものの中で、模様があるのは「錆彫根来八寸鉢」だけである。
 錆とは、砥の粉を水で練ったものに生漆を混ぜたもので、下地の仕上げにこれを塗る。この錆地をヘラで掻き取ると、残った部分は少し高くなる。これに黒漆、さらに朱漆を塗って研ぐと、高い部分の朱漆が研ぎ破れて、黒い模様が出てくる。これが錆彫だ。他にも同じような作り方をしている人はいるかもしれないが、佐川さんは自分で考えて始めたのである。


錆彫根来八寸鉢

酒宴卓・黒内朱四寸鉢・箸・白黒丸ぐい呑



曙尺五丸盆・溜合鹿椀(黒と朱)・乾漆丸はぞりぐい呑

スプーンと溜六寸鉢
 もう一つ目についたのが、乾漆のぐい呑みである。佐川さんは乾漆もやるのだ。 「展覧会に出すような仰々しい乾漆には興味ないんです。どうだ! みたいな乾漆にはね。ぐい呑み以外では、せいぜい菓子器とか掛花入れぐらいかな、乾漆で作るのは」

 器はひととおり作るのが佐川さんのポリシーなので、箸やスプーンも作る。写真のスプーンは、形も佐川さんが加工して作った。
「あるところから、分厚くて、粗っぽい木地、原型ですね、それが手に入るようになったんです。そこで、口に入る大きさはどのぐらいがいいかとか、いろいろ研究して、電動サンダーなんかを使って、この形にまで自分で加工したんです」
 研究熱心なのである。酒呑みは、酒の味というものが、酒器や肴、誰と一緒に呑むかなどに大きく左右されることを身にしみて知っている。少しでもうまく酒を呑みたいから、いろいろ工夫をする。酒呑みとはそういう人種である。だから、器の作り手としては信用できるのだ。
 いかん、酒のことから離れよう。

 佐川さんに「どうして漆を始めたのですか」と聞いてみた。漆のことはまったく何も知らずに、この世界に飛び込んだというからには、よほど強い動機があったのではないかと思ったからだ。しかし、考え込んで、「とどのつまり、やりたかったんです」と、答にもならない答を繰り返すばかりである。
 佐川さんは高校を卒業して、いったんサラリーマンになる。しかし、退職して大学に行く。卒業するときは、またサラリーマンになりたいとは思わなかったという。自分でものを作ってみたいと、小さい頃から思っていた。そこで、会津若松に何の心づもりもなく飛び込んでいく。24歳だった。
 会津では、ある事業所に入ることができ、朝から晩まで重箱を作った。夏以降は、正月用の屠蘇器を毎日毎日作った。ところが、ここで作らされたのはマガイモノの漆器だったのだ。こんなことは続けていられないと思い、澤口滋さんに相談した。澤口さんは、その頃輪島で「明漆会」というグループを、山本英明さんや佐藤阡朗さんたちと作っていて、そこに遊びに来れば、といってくれた。その会で山本さんと知り合い、山本さんの紹介で鯖江の問屋さんに入ることになるのである。問屋さんで働きながら、産地の職人さんのところに下地塗と上塗を習いに行き、技術を習得した。「食うや食わずで、現在に至る、というわけです」と笑う。
 なぜ漆を選んだかは、ご本人にとっても依然として謎だが、わかっていることがある。それは「ブレーキは踏めない、ギアチェンジもできない、アクセルを踏むだけ」、つまり、ここまできたら突き進むしかないということである。



溜八角盛器

屋形重

湯呑と溜八寸丸盆

 最後にもう一つだけ、器選びのポイントを書いておこう。佐川さんの器を見ていて、だんだん腹が減ってきたのである。腹が減るような器、これは間違いなくあなたにとって良い器である。 「塗師 佐川泰正・漆の世界」は2003年11月5日(水)〜11月17日(月)まで、松屋銀座(TEL.03-3567-1211)6階の特選和食器売場で開催されている。時間は10時〜20時(最終日は17時まで)。

文と写真: 岡崎 保 


佐川泰正(さがわ・やすまさ)さんのプロフィール
1951年 福島県石川郡石川町生まれ
1975年福島県会津若松、福井県鯖江市河和田にて漆工修行
1981年鯖江市で独立
各地にて展示会開催


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