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藤澤保子さん
変わり形蒔絵飾箱
朱地文蒔絵飾箱
菱文蒔絵手箱
通常、蒔絵は木目と共存しない。加飾の多くは木肌を隠すものである。ところが藤澤さんの匣シリーズは木目に蒔絵がのっている。こんな作品を見るのは初めてだ。これは一筋縄ではいかないぞ、とまず思った。思わされた、といったほうが正確だろう。
案の定である。いまにも動きだしそうな、スピード感溢れる「匣T」の、蓋の合わせの立ち上がりの部分、ここは麻ひもを輪積みにして布着せ、紙着せしたものである。もちろん藤澤さんの説明を聞いてわかったのだ。なぜ、そんな細かい仕事をするか。木を上下二つに切って、蓋の合わせの立ち上がりの部分を出そうとすれば、立ち上がりの高さの分だけ木を削るから、木目が上下で合わなくなるのである。どうしても木目を、木を切る前の状態に保とうと思えば、立ち上がりを新たに何かで作らなければならない。そこで麻ひもを輪にして、縁に5段ぐらい積むのである。へんないい方だが、藤澤さんは木目を大事に する蒔絵師なのである。
いや、藤澤さんの蒔絵自体、一筋縄ではいかない。「変わり形蒔絵飾箱」は、中央に栓の木、両側に檜を配し、堂々たる存在感を出している。
しかし、複数の木材を使うなど、指物師でもある藤澤さんだからできた作品といっていい。また「朱地文蒔絵箱」も、「まあ、きれい」だけで通りすぎてもらっては困る作品なのである。描かれているのは金の模様のある布だが、布のたわみが、まるで箱の表面が波うっているように見せている。箱の表面は波うってはいない。しかし、つい触って確かめたくなる。これは濃淡のある朱漆を作り分けておき、それを塗りぼかして遠近感を出すのだそうだ。金は平目粉を一粒ずつ置いていく。凹んでいる部分は金の量を減らしてある。「ひと癖あるでしょう」 と、藤澤さんは笑うのである。
藤澤さんは芸大のデザイン科卒である。漆芸科ではない。なぜ漆を、と聞いてみた。 「漆の色合いでしょうね。卒業して、デザインの仕事をしていたのです。それは全体の一部分を担当するという感じで、でも、漆は全部自分でできますから。漆なら一生続けられると思いましたね。それで、芸大の教授の自宅に通って修行を始めたわけです。30歳をちょっとすぎたぐらいで、大学院に入り直しました」
藤澤さんは家庭の主婦であり、母親でもある。家族が寝静まってから制作を続け、時にはそのまま朝を迎えるというような生活だそうだが、公募展に応募して何度も入選している。何年も前に、もう公募展は卒業した。作品がたまったので、昨年、初めての個展を開いた。今後は個展を中心に活動していきたいと考えている。
各種スプーンI
各種スプーンU
各種スプーンV
普段、作りためた作品は箱に入れ、押入れにしまってあるのだそうだ。こう して我が作品をずらっと並べて眺めてみるのは、どんな感じがするものなのだろう。 「一人の人間の個展とは思えないですね」
藤澤さんの感想である。なるほど。ざっと見ただけで、3人はいると思った。蒔絵師の藤澤さん、木工作家の藤澤さん、それにクラフトデザイナーの藤澤さんである。
藤澤作品の大きな特徴は曲線の面白さだろう。「変わり形蒔絵飾箱」でも 「朱地文蒔絵箱」でも、それは明らかだ。曲線の面白さをデザイン的にもっと単純、直截に突き詰めたのがスプーンやペーパーナイフのバリエーションだろう。スプーン同士がおしゃべりでもしているみたいに楽しげだ。作者が楽しみながら作っていることが、見るもの に伝わり、 こちらまでウキウキしてくる。 「漆のしっとりした美しさが生活の中にすっと入ることで、日常が豊かになる」
そういうものを藤澤さんは目指しているのだが、この言葉、スプーンたちを 見ていると心から納得できる。 「金属のスプーンがだんだん口に合わなくなって、自分でスプーンを作って使い始めたんです。それが成長して、こういう作品になりました」
蒔絵の「敷居が高くなりすぎた」ことへの反省が、藤澤さんにはある。漆は、やはり使うものである。しかし、実用だけのものを作るのにも抵抗がある。藤澤さんは椀を作らない 。一歩引いて、踏みとどまっているのだ。そうした藤澤さんのスタンスがスプーンに実によく出ている。
藤澤さんは「私ははみ出してますから」とか「わがままにやってます」「酔狂でしょう 」などという。ものを作る人の矜持ととっていいと思うが、ふと、「在野」という言葉を思い出した。そんなことをいえば、漆芸家はみな在野なのだけれど、藤澤さんの作品ひと つ一つから挑む姿勢が見えてくる気がする。
藤澤さんは廃材をよく使う。年季の入った木は狂わないからだ。みんなそれを知っているから、こんな木があったよ、と届けてくれる。 「ちょっと面白い素材が手に入ったので、それをやってみようと思っています。黒柿とかアカシアなんですけど、黒柿なんか、芯の部分が雷でも落ちたみたいに真っ黒なんですよ。黒炭みたいに。うわっと思っちゃいます。アカシアは黄色くて、ヘギがものすごくきれい。やっぱり木を見ると、さて、どうしようと思っちゃいますね」
藤澤さんの顔がいきいきと輝いた。
文と写真: 岡崎 保
*タイトルバックの写真はペーパーナイフ
匣T
匣(印籠)U
匣X
「藤澤保子漆展」
は2004年1月23日(金)〜2月4(水)まで、千葉市 中央区春日2-2-9 画廊椿(043-247-5906)で開かれている。時間は 11時〜19時(1月29日は休廊)。
藤澤保子(ふじさわ・やすこ)さんのプロフィール
1944年 東京生まれ。東京芸術大学美術学部ビジュアル・デザイン専攻卒業。デザインの仕事をしながら、新村長閑子について漆を学ぶ。東京芸術大学大学院美術科漆芸専攻修士修了。日本伝統工芸新作展入選12回、日本伝統工芸展入選5回など受賞多数。著書に『うるしの文化』(小峰書店)、共著に『デザイン教育大事典』(鳳山 社)、『金属でつくろう』『ゲーム・パズルをつくろう』『自然のものでつくろう』『ひもでつくる』『ガラスでつくる』『人形をつくる』(以上小峰書店)
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