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中島敦子さん
会場へ向かう足取りは、スキップである。大人だから、まさかほんとうにスキップをするわけにもいかないが、 心の中ではスキップだった。また「こんこん」に会える、「ぱた」にも会える・・。それほど前回、1年ほど前に見た個展は楽しかったのだ。
今回の個展は、楽しいだけではなく、充実していた。新作だけでなく、中島さんの制作の原点になるような作品も展示されていたからだ。 中島さんは10歳のときから横浜に住んでいる。いわば地元での初個展である。展示にも力が入る道理だ。
会場に入って最初に目を奪われるのは、右側の壁に掛けられた3点の大きな漆パネルだろう。いずれも日展に出した作品だが、 真ん中の「光の入口 時の出口」は昨年、向かって右の「火の祭り」と左の「日の名残り」は10年ほど前に制作したものだそうだ。 両者の間に10年の時の隔たりがあるとは思えない。持続する力の強さを感じた。
光の入口 時の出口
時に佇つ
でんでん
こんこん
まり椀 きらら満天
これらの作品に使われている技法は沈金だが、中島さんの説明がおかしい。 「両側の2点は普通の彫刻刀を使いましたが、真ん中の作品は、輪島の沈金刀を使っています。 私、沈金刀の持ち方も知らなかったので、カルチャー教室に2カ月通って、教わったんです。 そのあとは自分でいろいろ工夫して作りました。 だから、自己流なので、沈金をやってますとは、あまり言わないようにしています」
中島さんが沈金刀の持ち方も知らないという話も楽しいが、カルチャー教室に通ったという話は、もっと楽しい。 中島さんは、技法を完成させるために制作しているわけではない。中島さんが必要とするのは、自分が表現したいものを表現するための技術なのだ。
制作方法はこうである。まずパネル全面に黒漆を塗る。塗り終わったら、鮑(あわび)の貝を貼る。 その鮑もピンクのところや青いところを使い分ける。そして全面を研ぐ。そして沈金刀で表面を引っ掻いて模様を描く。 彫ったのではなく引っ掻いたことが、近づいて見るとよくわかるが、引っ掻いたその溝に金箔や漆の顔料を入れるのである。
制作は、作品を寝かせて行ったそうだ。小柄な中島さんが大きなパネルに、まるで小動物か何かのように取りついて、 懸命に作業する姿が見えてくる。描かれているのは巨大なくらげだから、想像をたくましくすると、これも愉快だ。 くらげが好きなのだそうだ。江ノ島水族館はくらげが充実しているという情報も、ついでに教えていただいた。
もうひとつ、中島さんの制作の原点となる作品が、会場の外側のショーウィンドーに飾られている「時に佇つ」である。 この作品は実際に女性の足(サイズが26センチというからかなり大きい)の型をとって作ったのだそうだ。 3点一緒に展示してあるが、本来別の作品で、シリーズである。このシリーズが、後の「でんでん」に発展し、 現在の「こんこん」に成長するのである。間にいくつかの小さいシリーズがはさまるが、大まかな流れは以上の通りである。
「なぜ足か、とよく聞かれます。体の一部が欲しかっただけで、足は、たまたま型をとったのが足だっただけです。 それより私にとって大切なことは、タトゥー、刺青です。体の一部に刺青をした作品を作りたかったのです。 宗教的な刺青の伝統というのは、大昔から世界中にあって、そういう写真などを見ると、刺青のもつデザインの強さというか、 シンプルな線なのに、それがまとまって渦巻きや円や縞などになるとパワーをもつ。体自身もパワーを受ける。 そういう力みたいなものにすごく興味がありました」
足には太い線で模様が浮きでている。血管のようでもある。同じ刺青のモチーフでも、水を掬う手のひらをイメージした 「でんでん」になると、色彩が豊かになり、抽象性も増す。そして現在の「こんこん」は明るく、ユーモアに満ち、しかも土俗的である。 一つの興味から出発し、それが成長し、継続していく中でさまざまに形を変えていく、そうした有り様が、中島さんの説明でよくわかった。 ふた物の「こんこん」の合わせ目がギザギザなのも、「でんでん」の手のひらが上下合体したイメージだからなのだ。
「『でんでん』はアフリカの模様みたいだ、とよくいわれます。それはハズレではないんですが、 私にとってはそうではなくて、いまも大好きな、中国の殷や商の時代の鼎や瓶といわれる三本足の青銅器のイメージです。 あれは私にとって、ものすごくパワーをくれる形なんです」
三本足は中島さんの作品では多用されていて、「青銅器」は中島作品を理解する上でもっとも大事なキーワードだろう。 ふっくらしたデザイン、表面のゴツゴツした感じ、宗教的というか愛らしい土俗性、いずれも中国古代の青銅器に見られるものだ。
三段小丸重 おぼろ縞
盛皿 ゆらら
尺二盆 春雷
茶碗 竜田姫
カクテルバッグ
しかし、ここで中島さんはもう一度話を軌道修正する。 「同じ朱でも、私の場合、自分で思っている朱が出るか出ないかが勝負なんです。もう1回塗ってみようとか、 半分研いで、もう1回すり込んでみようとか、自分で思っている朱が出るまで終われません。 そのへんが、最初から漆をやっている人と違うのかもしれません。私は絵から入りましたから(注)。 せっかく紐を巻くのなら、ただ規則的に巻くのではなく、何かしたくなっちゃうんです。 シンプルなものがいちばん使いやすいのだとすれば、私の作るものは、使いやすさとは別のところに向かっている。 何にでも使える真塗(黒漆の塗り立て)の器がいちばん使いやすいのでしょうが、あれでは私はつまらない。 私が漆をやっている意味がないと思います」
それにしても、1年間でこれだけの作品を作るのは大変ですね、と聞くと、「とにかく忙しかった」と中島さん。 ただ、漆の場合は乾燥という作業があるので、いくつもの作品を並行して作る。それが個展の前に全部完成して、 それを展示するというわけではない。
ここに展示されている作品も、前回の個展が終わって、よーいどん、で始めて、それでこれだけできたというわけではない。 前回が終わった時点で、完成途中の作品がたくさんあったのである。
さらに、こういうこともある。中島さんは個展の会期中は会場に詰めているので、自分の作品とじっくり向き合うことになる。 自宅では、こうはきれいに並べるスペースがないので気がつかないが、個展ではやはりいろいろ気がつく。 ここはこうすればよかった、ああすればよかったと見えてくる作品もあるのだ。そういう作品は、展覧会が終わったら、全部研ぎ直してしまう。 そうしてまた塗り直す。前回展示したもので、今回作り直して展示した作品もあるそうだ。
「そういうのも一応新作扱いということにして(笑い)」
乾漆 片口風
豆皿 くりくり
(注)
中島さんは芸大時代はテンペラ画を専攻していた。 そのへんについては「展覧会見て歩き」の
バックナンバー参照
。
「中島敦子の漆展」は2004年4月13日(火)〜4月19日(月)まで、そごう横浜店6階の美術画廊(045-465-5506)で開かれている。時間は10時〜20時(最終日は16時閉場)。
文と写真: 岡崎 保
中島敦子(なかじま・あつこ)さんのプロフィール
東京生まれ。10歳から現在まで横浜に住む。東京芸術大学大学院油画専攻修了。高岡短期大学漆工芸専攻研究生修了。漆芸家 並木恒延氏に師事。1989年〜 日本現代工芸美術展出品。1995年〜 日展出品。
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