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大作壁画「祐光」の前の室瀬和美さん
室瀬和美さん
蒔絵螺鈿ハープ「西遊」
蒔絵螺鈿ハープ「西遊」拡大写真
4年ぶりの個展だそうである。その前は10年間、個展を開かなかった。文化財の保存修復にあたっていたからだ。さらにその前は、だいたい5年に1回のペースで個展を開いていた。今回は4年しかなかったので、大変だったそうだ。21世紀に入ってからの室瀬さんを示す55点が、広いホールにゆったり展示されていて、なんともぜいたくな空間である。
今回の目玉は、といっても、われわれ素人にも十分にインパクトがあるという意味だが、大作壁画「祐光」と蒔絵螺鈿ハープ「西遊」だろう。
「祐光」には、先行するいわば「原画」がある。目黒の祐天寺の講堂が今年落成し、そのエントランスの壁を飾っている。そちらは直径3メートル。同じサイズではこの会場に
入らないので、直径を1.8メートルに縮小し、技法を少し変えて新たに制作したのである。漆で、しかも蒔絵でこれだけの大きさは、そうあるものではない。「伝統工芸をやっていると、大きなものとか、壁面などを手がけるチャンスは、そうありません。このホールは広いでしょう。後ろに引いて見られますから、つくってみました。2000年から太陽をテーマにいくつか作品をつくっていますが、これもその延長ですね。中心に太陽の光のうねり、そのエネルギーをもらった鳥や花が周囲にいるという世界観を表現しました。梨子地粉という偏平な金粉が、光の複雑さと奥行きを出しているんです。日本画でも洋画でも出せない、漆と金でしか出せない色調とか質感というものがあるじゃないですか。それを出したかったんです」
これだけ大きいと、使う漆や金も半端な量ではないのではないか。素人はつまらないことを心配する。
「もう、そりゃあね。床に寝かせて、足場を組んで、その上から蒔くんですが、花咲か爺さんみたいに蒔きましたよ」
一方のハープについては、以前から楽器に蒔絵を付けたいと思っていたのだそうだ。室瀬さんの解説によれば、もともと中近東の弦楽器だったものが、一つはヨーロッパに渡ってハープになり、もう一つはシルクロードから日本に入って、正倉院にある「箜篌(くご)」と呼ばれる竪琴風の弦楽器になったのである。洋楽器に蒔絵を施せば、シルクロードで東洋と西洋をハープの姿に結ぶことができるのではないか。それが室瀬さんの考えだった。だから題名は「西遊」なのである。つまり、このハープは「中近東の弦楽器」に先祖返りしたのである。制作はハープを解体して行われた。蒔絵の部分は単純な平面ではないので、室瀬さんの言葉でいえば「かなり闘いました」ということになる。
壁画にしろハープにしろ、大きいからといって作業がラフでいいということにはならない。作品に近づいて見るとよくわかるが、その精緻さは目眩がするほどである。蒔絵を大きなスケールで描く、これが室瀬さんの新しい課題の一つだ。
蒔絵箱「西域考」
蒔絵硯箱「陽だまり」
蒔絵螺鈿チェス盤「四神」
乾漆朱漆蒔絵香炉
蒔絵シガーボックス「亀甲」
乾漆蒔絵波文食籠
蒔絵螺鈿文箱 秋実
竹雀蒔絵茶子
蒔絵螺鈿香合「華」
蒔絵螺鈿硯箱「千両」
ところで、室瀬さんにお会いしたら、ぜひ質問してみたいと思っていたことがある。それは、蒔絵という技法はすでに完成され尽くした技法なのではないかということだ。もしそうであるなら、その技法で表現できるものも、限られてくるのではないか。室瀬さんは蒔絵に真正面から取り組んでいる。人を驚かすような技法を考案し、奇をてらった作品をつくる、そういう逃げを絶対打たない。文化財の保存修復の仕事もそうだが、過去の作品から学ぶという姿勢は人一倍強い。だからこそ室瀬さんに聞いてみたかった。
「自分たちが受け継いだ技法、つまり研出蒔絵、平蒔絵、高蒔絵、この三本柱の技法は、すでに鎌倉時代に完成していると考えていいでしょうね。だから、これらの基本にどう肉付けするか、そこに表現的なヴァリエーションはあると思います。自分が勉強した引き出しをあけても、求める技法がないときは、新しいやり方を考えざるを得ないですよね。たとえばこの朱の研出蒔絵(乾漆朱漆蒔絵香炉)、朱の場合は塗り立て(塗りっぱなしで磨かない)が主流ですから、過去にはほとんどないんです。ぼくらの塗りの先生である増村益城先生があえて朱の呂色磨き仕上げ(磨いて光沢を出す)をやった。それは無地でしたけども、これは金を蒔いて研ぎ出していくという技法で、昔はなかったものなんです。歴史的にはこういう技法はないよと言われても、やりたいものはやりたい。ただ、この場合も、研出蒔絵と朱塗りが合体しただけの話で、決して新しい技法とは思わないです」
ありそうでない、そういう技法が結構あるのだそうだ。ただ、室瀬さんが強調したのは、新しい技法はあくまでも結果的に出てくるものであって、誰もやってないから、ひとつやってやろうということではないということだ。というより、室瀬さんは「みんなやってるからやってみよう」というタイプなのではないか。こんな話が出たのである。
「今回、新たに水、波の世界に挑戦してみたんです(乾漆蒔絵波文食籠)。波というのは、古代から現代まで、あらゆる時代の人が必ず挑戦してきた世界なんです。奈良時代の波、平安時代の波、鎌倉時代の波、みんな表現してきた。いちばん古いのも波、いちばん新しいのも波。波を現代風に、今風に、21世紀風に表現できたらいいなと思ってね。これがその第一ステップです」
歴史や伝統に深くつながりながら、しかし、そこに埋没するのではなく、歴史や伝統そのものをジリッジリッと前に押し進めていく。室瀬さんの仕事に感じる品と新しさは、そのことに由来するのではないかと思った。
最後に、室瀬さんの仕事の大事な一面である文化財の保存修復について聞いてみた。自分の制作と修復と、どういう配分が理想的だと考えているか、興味があったのだ。
「理想としては、やはり全部の時間を自分の制作に使いたいですよ、それは。でも、制作と修復は、ぼくの仕事の両輪ですから、欠かすことはできないですね。制作は自分がやりたいこと、修復はお礼、恩返しですかね。自分の作品も、いずれは修復のお世話になる可能性があるんです。漆は何百年ももつ素材だし、なるべく修復のお世話にならなくてもいいように、丈夫につくってはいますよ。でも、耐用年数というのは漆にもあるわけですからね。300年後、400年後、もしぼくの作品が傷んでいたら、やっぱり修復してもらいたいという気持ちはあります。ぼくは死んじゃってますけど。同じように、300年前、400年前の人も修復してもらいたいという気持ちをもっていたと思うんですよ。だから、衰えていたら、なるべくきれいに寿命を延ばしてあげる、それが保存修復の根本でしょうね」
数百年前の人と作品を通じて交歓し、数百年後の自分の作品の修復を想像する。室瀬さんは千年という時間を実感できるのかもしれない。
「室瀬和美漆芸展」は2004年4月21日(水)〜4月29日(木)まで、和光ホール (東京銀座 和光6階 Tel.03-3562-2111 内2142)で開かれている。 時間は10時30分〜18時(最終日は17時まで)。
文と写真: 岡崎 保
過去の室瀬和美さん記事
室瀬和美さんに聞く――漆芸文化財保存修復の知られざる世界
室瀬和美さんの案内で「松田権六 図案と作品」展を見る(平成15年1月8日)
室瀬和美さんの講演会「作家と見る蒔絵と螺鈿の器」を聴く(平成13年9月)
室瀬和美(むろせ・かずみ)さんのプロフィール
1950年
東京生まれ
1974年
東京芸術大学美術学部工芸科漆芸専攻卒業
修了制作が東京芸術大学の買い上げとなる
1976年
東京美術大学大学院美術研究科漆芸専攻修了
1984年
1989年
2000年
個展
1985年
日本伝統工芸展日本工芸会奨励賞受賞
1991年
目白漆芸文化財研究所開設 漆芸文化財保存に従事
1996〜1998年
三嶋大社蔵 国宝「梅蒔絵手箱」の模造制作
1999年
漆芸修復国際会議にて講演(ミュンヘン)
2000年
日本伝統工芸展東京都知事賞受賞
2002年
日本伝統工芸展日本工芸会奨励賞受賞
2003年
日本伝統工芸展監査員
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