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展覧会見て歩き


栗本夏樹さん

波の器15(波動)

波の器7(矢波)

波の器14(大波・小波)
 栗本さんは蒔絵や螺鈿などを駆使して、カラフルで装飾性豊かな大型のオブジェを作る造形作家である。その栗本さんが、初個展から20年の節目の年に、初めて「器」中心の個展を開いた。はたしてその理由は?

 「20年間、漆造形の世界でやってきて、そこでつちかってきたデザインというものが、多少あって、それを器の形に落とし込んだらどうなるか。ここ3年ぐらいですかね、小箱とか重箱とか、少しずつ作り始めていたんです。ただ、それはメインの仕事ではなくて、あくまでも試しに作って、展覧会でも隅のほうにちょこっと置いておく程度だったんです。その作品に乾ギャラリーの方が目をとめてくださって、面白いから器中心の個展をやらないかとおっしゃっていただいて・・。こちらのギャラリーは昔から存じあげている、私の憧れのギャラリーですし、20年目ということで初心にかえろうということもあって決意したんですが、器の個展は初めてなので、心配でドキドキしています」

 テーマは「波の器」。栗本さんのねらいは、夏なので、全体として夏の海をイメージしてもらいたい、それが一つ。もう一つは「造形の仕事が感じられる器」を作りたいということだった。

 連作「波の器」は、一つ一つ形を決め、木を削って作ったものではない。ラミネート状に何層にもした大きな板を用意し、それにウェーブをかけてしまうのだ。つまり、大きな波板から一つ一つ切り出して作ったのである。その証拠に、作品の厚みはみな同じである。もちろん、切り取っただけでは作品にはならないので、そこから慎重に成形されたことはいうまでもない。

 この方法は家具制作などではよく用いられるそうだが、「造形の仕事が感じられる器」という話を、この作り方はよく説明してくれるような気がする。ちょっと理屈をこねると、こういうことだ。
 造形の世界、オブジェの世界では、自分はこう感じた、自分にはこう見える、自分はこう表現したい、つまり、出発点は「自分」である。しかし、器の世界では、使いやすい器、料理をおいしく見せてくれる器、丈夫な器、それがすべてだ。自分がどう感じるか、自分はどう表現したいか、そういうことより優先させなければならないことがある。大きな板から切り取るという方法は、一つ一つ削って作る方法にくらべ、はるかに偶然性が大きい。作為性、もっといえば作者性が薄れる。しかし、切り取り方やその後の作業によって、造形性は保たれている、ということになる。ほとんど矛盾に近い難題「造形的な器」という離れ業を、栗本さんは見事に成立させているのだ。

 同じことは、「波の器」の色についてもいえるだろう。すべて、つやのない黒である。最初の案では、表面に蒔絵や螺鈿を施す予定だったという。しかし、それでは奇妙なものになってしまうことに、栗本さんはすぐに気がつく。加飾を排したことで器の形を強調し、それだけではなく、いわゆる呂色仕上げ(ピカピカに研く)もやめ、むしろワビ・サビを感じさせる風合いを出している。こうすることで上に盛られたものが際立つ。今回、栗本さんは「放っておけば装飾的なほうへ行く」自分を抑え、使い手に作品をゆだねたのである。それは「三角盛器」でもそうだ。これは使い手の組み合わせ次第で、何通りにも使える。


波の器12(波間)

海の剣4

三角盛器(金・銀・黒3点組)

彩うるし球小箱

文箱・歌舞伎(赤)
 「文箱 歌舞伎」シリーズは、造形作家としての栗本さんの仕事を箱に落とし込んだ好例といえる。これらの作品から、栗本さんのメインの仕事を想像していただきたい。そして「彩うるし球小箱」シリーズを経て、「波の器」へと至る、その距離を思うとき、栗本さんの仕事の振り幅の大きさに驚くのである。

 栗本さんが漆の世界に入るきっかけは、直接的には大学1年のときの授業で、すっかり漆に魅了されたことである。しかし、遠因というか、どうもお父さんが下地を作っているようなのだ。その話が非常に面白い。

遠因、その1。
 栗本さんは、3人兄弟の末っ子で、お父さんが42か43歳のときの子である。そのため、サラリーマンだったお父さんが定年を迎えたとき、栗本さんはまだ13歳だった。栗本少年は、お父さんの定年がどうしても納得できなかったという。

「いくら能力があっても、やる気があっても、はい、オシマイ、でしょう。自分は、人からやめろとか、オシマイとかいわれない仕事につきたい。それで思いついたのが板前か宮大工でした」

 そのころから手に職をつけようと思っていたのである。
 
遠因、その2。
 栗本さんは中学、高校時代を塗りの弁当箱で過ごした。というのは、塗りの弁当箱を集めるのがお父さんの趣味だったからだ。

「友だちはみんなアルマイトの弁当箱でしょう。恥ずかしくてねえ。最初は隠すようにして食べていました。そしたら、あるとき、友だちが『お前の弁当、うまそうやなあ』というんです。いわれてみると、確かにうまそうなんです。金属の弁当箱に寒々しくおかずが並んでいるより、塗りの弁当箱のほうが。大したおかずじゃないんですけど、うまそうに見えたんです。そのときから、恥ずかしくなくなりました」

 だからといって、俄然、漆に興味を持ったわけではない。しかし、これはボディ・ブローのように効いたのではないか。

遠因、その3。
 中学を卒業するとき、栗本さんは「板前か大工になりたい」とお父さんに告げる。お父さんは「とにかく高校へ行け。高校行ってからでも遅うない」と栗本さんを諭したのだ。栗本さんは渋々、高校へ通った。そして気づくのである。誰からもオシマイといわれない職業は板前と大工だけではない、美術もそうであることに。

 こう見てくると、お父さんの“深慮遠謀”説も捨てがたい気がするが、どうだろうか。

2000〜2001年の1年間、栗本さんは文化庁の在外研修員として、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で過去に日本から輸出された漆芸品の調査にあたった。そして感じたことは、漆を愛好する歴史、文化はヨーロッパに根づいているということだった。漆は決してアジアだけ、日本だけのものではない。世界に向かって漆を開いていけば、漆の未来は明るいといい切る。いまも、サンフランシスコのクラフト&フォークアート美術館で、栗本さんと藤田敏彰さん、松島さくら子さんの3人展が開かれている。これまでの海外での漆展は、歴史的な流れを紹介するものがほとんどだったが、この展覧会はコンテンポラリーな漆芸家3人にスポットをあてたもので、画期的な展覧会だという。

栗本さんの海外での人的ネットワークもどんどん広がっている。
「すごい可能性があると思っているんです。楽しみな状況ですね。海外から漆を勉強に来ている人も増えていますし、第一、漆の学生が増えています。私が学生のときは、漆工科は学年に1人か2人、全学年合わせても10人ぐらいしかいなかったのに、いま、全体で40人以上います。漆の可能性をみんな感じ取っているからでしょう。漆の未来は暗くないです」

 いい話を聞いたと思った。

文と写真: 岡崎 保 



王朝2(赤)

陣羽織1

マルムシ2

「栗本夏樹漆展・・波の器・・」は2004年7月1日(木)〜7月7日(水)まで、東京都港区赤坂3-8-8 赤坂フローラルプラザ2F 乾ギャラリー(TEL 03-3584-3850)で開かれている。時間は12時から19時まで(最終日は17時まで)。


●栗本夏樹さんの今後の展覧会の予定
2004年9月8日〜9月14日   個展(日本橋高島屋6階美術画廊)
2004年9月29日〜10月5日  個展(京都高島屋6階美術画廊)

栗本夏樹(くりもと・なつき)さんのプロフィール
1961年 大阪生まれ
1984年 京都で初個展
1987年 京都市立芸術大学大学院美術研究科修了
1994年 Japanese Design 展(フィラデルフィア美術館 U.S.A.)
2000年 日韓交流400周年記念日本現代漆芸展(ヤン・ファン・デル・トフト美術館オランダ)
2000〜2001年 文化庁派遣芸術家在外研修員として1年間イギリスに滞在
現在 京都市立芸術大学専任講師


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