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展覧会見て歩き


大西長利さん

ケヤキ木彫の器

モミジ木彫文机(乾漆黒漆の器・乾漆朱の器酒器)

根来研究 瓶子

乾漆朱漆組鉢(その中の「小」)

乾漆朱の器 カイラス(全体)

乾漆朱の器 カイラス(蓋をとったところ)

乾漆黒漆 玄

乾漆蒔絵食籠 吉高の桜
大西さんの漆に対する情熱には、何回お会いしてもそのたびに驚かされ、圧倒される。漆について話し始めると、止まらなくなる。大西さんの頭の中には漆への思いが渦巻いているらしく、言葉にするのももどかしそうだ。今回の展覧会については、こう語る。

「漆というものをとらえるときに、やはり日本だけではとらえ切れない。源流というものがある。原点というか原初というか。漆と人間の関わりを感じたい。命と風土と漆と、これら3つを私の創作の原動力としたい。それにはアジアの精神文化を知らないと、漆の発展の経路を知らないと、自分自身、確固たる信念をもって取り組めない。そういう意味で『アジアの心』としました。これは、いい換えれば『日本の心』といってもいいわけです」  

話している言葉の意味よりも先に、気迫がどんどん伝わってくる。会場を一緒に歩いてもらいながら、作品解説をお願いした。

 まず、「ケヤキ木彫の器」「モミジ木彫文机」のあるコーナーではこう話す。 「木と漆という素材をなるべく自然な形で造形したものです。今後は木と漆をうまく融合させていきたい。木というのは、やはりアジアの大切な素材ですから。これ(ケヤキ)は大自然に対する敬意ですね、畏怖の念を造形しているわけです。文机のほうは小川、水の流れを表していて、そこに鯰(なまず)が泳いでいる。ときどき鯰に触ったりね」

「根来研究 瓶子」の前では、大西さんの出発点が根来であったことを思い出した。というのも「研究」という文字がタイトルについていたからだ。 「桃山時代の瓶子です。神にお酒を供えるための器ですね。根来は私の原点ですから」  今回の自信作と自らいうのが「乾漆朱漆組鉢」(タイトル写真を参照)。

「三つ揃いの入れ子になる鉢ですが、これ以上シンプルにはできない形です。バランスが気持ちいいでしょう。これに料理を盛ってごらんなさい」

「乾漆朱の器 カイラス」のカイラスがわからず、質問すると・・。

「チベットの奥にある山の名前です。ヒンズー教も仏教もそうですが、アジアの宗教の中心になっているのがカイラス山です。アジアの精神の拠り所といってもいいでしょう。平坦なところにスーッと立ち上がった、如来の姿で、すばらしい山ですよ。この山からアジアの文明を育んだ4大大河が流れています。インダス河(獅子泉河)、ガンジス河(牛泉河)、プラマット河(象泉河)、ヤヌンツァンポ河(馬泉河)、それぞれみんな動物の名前がついています。これらの大河の源流がカイラス山にあるんです。これね、こうやって蓋をとって、骨を入れるんです。骨入れ。舎利ですね。私の行くところをちゃんと用意したわけです(笑い)」

会場の中央にデンと飾られていて、最初から気になっていたのが「乾漆黒漆 玄」だ。まったくの球体ではなく、微妙に歪んでいる。どこにも継ぎがない。 「漆を代表する色が黒です。老子がいった『玄の、そのまた玄』というやつです。それは空(くう)なものです。空で、限りなく奥が深い。作り方? それは企業秘密」

 絢爛たる蒔絵の作品があった。「乾漆蒔絵食籠 吉高の桜」である。盛んなものだなと感嘆した。

「私が住む印旛村に『吉高の桜』という有名な桜の木があるんです。樹齢300年か400年の一本立ちの桜です。この作品は満開の『吉高の桜』。この中に桜餅を入れて、春にお茶会をやろうという趣向ですね。光悦に捧げる気持ちで作りました」  

この調子で自作解説を続けてもらうのは、時間的にも、記事のスペース的にも不可能なので、ほんの一例に止めたけれど、お願いすれば、大西さんはきっと引き受けてくれたのではないかと思う。それほどの情熱なのである。

大西さんは「作らされている」という。「どうしてこんなすばらしいものを作らないのかと、漆が語りかけてくるんです。ボヤボヤしてはいられません」というわけだ。展覧会などやっている場合ではない、とはいわなかったが、そんな口吻だった。


乾漆金彩花器 光洞

乾漆朱の器 花器

乾漆茶碗

乾漆黒漆 金彩の器

乾漆朱の器

乾漆朱盛器
「私は限りなく作りたいんです。作ったものは、それで終わりじゃなくて、通過点なんです。もっと奥、もっと奥へ進みたい。アジアの心というか、人と風土の関わりの深さ、そこに挑んでいきたい。これから作るものがどういうものになっていくのか、未知ですから、空なる世界ですから、わからないわけですが、それだからこそ作り続けることができる。向こうが見えたら、やる気しません。見えないからこそ、奥に微かにゆらぐもの、それは何だろうと、そこに向かって進むわけです」  大西さんは、「これからは漆ですよ」とも力説する。

「これだけグローバルな時代になると、日本人とは何かということが問題になってくる。世界の中の日本人だという誇りを、何によって持つのか。お金をこれだけ持っているといっても、だれも相手にしてくれませんよ。日本とは何か、日本の文化とは何か、必ず漆というものがクローズアップされてきます。いまはまだ鈍いけれども。たとえば、中国なんかは、いまはお金のほうに目が向いているけれども、もう少し豊かになったら、必ず文化のほうに目が行きます。中国の文化なんていったら、膨大なものです。そのとき日本はどうなるのか。圧倒されて、飲み込まれてしまうのではないか。日本は島国の小さい国だけれど、どこの国にもないすばらしい文化を持っているのだから、早くそのことに気がつかないといけないんです」

大西さんは今回、自分の原点である根来の形を再現するのに、現物を実測までして忠実に再現している。一方で、「玄」や「カイラス」に見るように、造形はますます精神性を帯び、哲学的な色彩を強めている。このことは、おそらく2つのことではない。「組鉢」のシンプルさと「吉高の桜」の過剰さの関係にも、同様のことがいえるだろう。具体と抽象、シンプルと過剰、相反するように見えても、その極みはひとつなのではないか。とすれば、つまり大西さんの作品が二つの方向に分裂しているように見えないのは、作品自体が極められているからではないのか。

 大西さんは「形と哲学、これはもう一体のものです」といっている。実作者には説明などいらない、自明のことなのかもしれないが、頭で考えようとすると難しい。直観的にいえば、根本にあるのは大西さんのいう「奥に微かにゆらぐもの」ではないかと思うのだが・・。

 それにしても、今年の漆界は当たり年といっていい。見応えのある展覧会が相次いでいる。あらためてその感を深くした展覧会だった。



文と写真: 岡崎 保
*タイトル写真「乾漆朱漆組鉢」

「大西長利漆芸展・・漆・アジアの心・・」は2004年9月17日(金)〜9月27日(月)まで、東京・銀座の和光(TEL03−3562−2111)6階、和光ホールで開かれている。時間は10時30分から18時まで(最終日は17時まで。9月19,20,23,26日は休業)。           

大西長利(おおにし・ながとし)さんのプロフィール
1933年 山口県下関市生まれ
1959年 東京芸術大学美術学部工芸科漆芸専攻卒業
1960年 この年から同大学漆芸研究室で松田権六、六角大譲に師事。根来塗の研究に取り組む
1984年 この年からアジア漆文化源流調査を東アジア全域にわたって実施
1989年 東京芸術大学教授となる
1992年 世界漆文化会議を創設、議長に就任
1995年 ヴィクトリア&アルバート美術館(ロンドン)日本スタジオクラフト展出品
1996年 現代日本漆芸展出品(ニューヨーク、デンバー)
1999年 ミンゲイインターナショナル美術館(サンディエゴ)にて個展
2000年 東京芸術大学美術館にて個展
2001年 東京芸術大学を退官、名誉教授となる

著書に『漆・うるわしのアジア』『アジアの漆・日本の漆』
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