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若い人たちに熱心に説明する角さん
角偉三郎さん
ヘギ目瓶子
安子椀
良椀
ヘギ板
展覧会初日、オープンの11時を10分過ぎて会場に到着したのだが、ものすごい盛況に驚く。見ているそばから作品が売れていき、撮影するものがなくなるのではないかと心配したほどだ。角さんは会津から来たという若者集団の質問に熱心に答えている。後ろで聞いていると、「失敗は予想外の結果をもたらしたりします。失敗を恐れず、自由にやるといいですよ」という角さんの言葉が聞こえてきた。
ところで、今回、角さんにいろいろお話をうかがった中で、「ヘギ目瓶子」がどのようにしてできたかという話が、特に印象に残った。それを角さんの一人語りで、まずご紹介しよう。予備知識として、輪島では木地、下塗り、上塗りなど、それぞれ専門の職人がいて、分業が普通に行われていることを頭に入れておいていただくと、わかりやすい。
輪島というのは、たいしたところですね。職人がいかに力を蓄えているか、「ヘギ目瓶子」はあらためてそのことを思い知らせてくれました。曲物の山下博さん、この方はもう70代半ばですけど、たまに寄るんです。そのときもちょっと寄って、聞いてみたんです、
「長い間、曲物やってて、自分からやりたいものはあるもんかね」
と。
そしたら、ちょっとムッとした顔して、
「そりゃあ、あるわ」
と。
「どんなもんかね」
といったら、
「そやなあ」
と考えて、隣の部屋からなにやらごそごそ出してきたんです。
花見弁当ですよ。重箱やら皿やら銚子やらをセットにして、岡持のようなものに入れて花見に持っていく、あれですよ。山下さんが出してきたのは、全部菱形に統一してあるんです、重箱も皿も。多分、明治の初め頃のものでしょうね。その中から銚子を取り上げて、
「これね、実は、私、好きなんや」
というんですよ。
「いいねえ」
と私がいうと、
「いま作るんなら、もう少し大きく、これぐらいはいるやろね」
と両手で持つようなかっこうをするわけですよ。
「山下さん、それ、やらんかいね」
と私がいうと、
「やっても、いいんかい?」
と聞くんです。このへんが職人さんなんですね。職人は注文が来てから作りますから。
「やるんなら、これ使うわ、やらんけえ」
と今度は30年も隠していたホコリだらけの材料を出してきて、ニタニタしてるんですよ。
それをやることにして、それから私は山下さんのところには行きません。どうなっているかなんて、見に行かない。がまんするんです。本当にやっとるのかな、と思うぐらい長くかかったんですけど、電話がかかってきました。
「やってみたし。見にいらし」
と。行ってみると、できてるんですよ。それは、もう、終わっている形でしたね。完璧でした。ジワッと、全身に鳥肌が立ちました。確かに山下さんが作ったんだけど、私は輪島という土地が、あるいは能登という土地が、山下さんを押し上げて作らせた、そう考えるべきだと思いました。
私はあまりうれしかったので、
「いまからすぐ、徳野林松さんのところへ持っていくわ」
といったんです。山下さんと徳野さんは名工同士の一種のコンビですから。そしたら
「いや、おれが持っていく」
と。二人の間にどんな会話が交わされたのか、だから私は知らないんです、立ち会ってませんから。
ジャズ椀 黒ふぶき
曲輪二段重
てんぐ片口・菜盆
徳利 朱
溜漆鉢
銚子 大朱
末広椀 朱
合鹿小椀内根来
合鹿小椀外根来
それからまた、長い時間がたって、今度は徳野さんから電話がかかってきました。普通、職人さんは依頼されたものができたら、自分で依頼者へ持っていくんです。ところが逆なんです。「見にいらし」というわけです。私は使用人のように「はい」といって、見にいったわけです。徳野さんは座布団に正座して、出来上がったものを見ていました。
朝だったから、「おはようございます」といっても、返事しないんです。私の顔をチラッと見て、また出来上がったものをじっと見ている。私もそれを見て、なぜ徳野さんが黙っているか、わかりました。あまりにもいい形なんです。塗りも、あまりにもいい状態で仕上がっている。仕上がっているといっても、完成ではなくて、まだ上塗りが残っているんですけど、私も黙りました、言葉にならないんです。
しばしの沈黙の後、徳野さんが
「上塗りなあ」
というんです。
「吉田さんと話してあるから、これ、あんた持っていきなさい」
というんです。上塗り師の吉田啓一さんとは、私も長いつきあいですけど、上塗りは私の仕事のはずなんです。ところが徳野さんは吉田さんと話がついているというんです。私はまた「ああ、そうですか」といって、吉田さんのところへ行きました。吉田さんは徳野さんと何べんも相談していて、ガラスの上にいくつも試し塗りをしているんです。そして
「徳野さんとこれに決めた」
というんです。その漆の肌が、またいいんですよ。
私は
「いやあ、これならいいねえ」
といいましたけど、私はずっと「いいねえ」といってただけですよ。
また、しばらく時間がかかって、さて、上塗りが仕上がりますよね。普通なら私の家に届くはずですが、徳野さんの家に届いているんですよ。徳野さんから電話があって、
「仕上がったさけ、見にきなし」
というわけです。私はまた「はい」といって見に行きました。今度も徳野さんは黙って見ていました。そうして、ひとしきり静かな時間が流れて、徳野さんがぽつりといったんです、
「ほれぼれするね」
と。
この仕事に8カ月かかったんです。その間、角偉三郎は何をしたのか。ただいえることは、8カ月前には形はなかった。8カ月かかって、そこに「ほれぼれする」形が出現した、ということなんですよ。
以上が「ヘギ目瓶子」誕生秘話である。まるで古典落語でも聞いているような味わいだったのだが、要するに、角さんは「ヘギ目瓶子」の製作には参加できなかったのだ。角さんの言葉でいうと「私は不在だったんです」ということになる。
今回の展覧会の案内状にも、この「ヘギ目瓶子」は印刷されていて、展示の目玉の一つであると角さんが考えていることは間違いない。強いていえばプロデュ−スという形で関わってはいるものの、自分が直接的には作っていないものを自分の展覧会の中心に置く・・・ここに角さんのもの作りに対する考え方が表れているのである。
「いまはみんな個人プレイでしょう。個人を主張することは、それはそれでいいでしょうが、そうではない作り方もあるということは、はっきりいっておきたいんです。どこの産地も、いまは大変な状況で、職人さんたちは眠っているんです。それをノックする人があまりにも少ない」
最近は正確な図面を描いて、コンマ何ミリまで指定する人もいるようだが、角さんと職人さんたちとのやりとりは、極めてアバウトらしい。「こんなの」とか「ここはまっすぐで、しかも丸く」だとか、角さんはいう。図面を描く場合も、6、7割しか描かない。それも「ほわっと」描くのである。足りない部分は職人さんたちが悩みながら埋める。自分一人で作ると、理屈っぽくなっていけない。仕事を続ける誘惑に駆られない、と角さんはいうのである。
角さんの作るものには、すべてエピソードがある。「安子椀」や「良椀」にまつわる面白いお話もうかがったのだが、紹介するスペースがなくなった。取材者の役得とさせていただく。ただ、これだけはいっておきたい。
角さんは、頭の中の理論からはものを作らない。日々の喜びや悲しみが、角さんの作るものの背景には必ずあるのである。角さんの器の持つおおらかさ、伸びやかさは、それこそ近所の職人さんたちとの牧歌的ともいえるコミュニケーションの賜物であり、それこそが、いまの時代から失われようとしている貴重なものなのである。作家性などというものは、作家の数だけあるのであり、それに比べ、角さんのようなもの作りができている人が何人いるかを思えば、角さんの作るものの貴重さもまた明らかであろう。
「角 偉三郎 うるし展」は2004年10月17日(日)〜10月23日(土)まで、東京都板橋区板橋2-45-11 瑞玉ギャラリー(tel 03-3961-8984)で開かれている。時間は10時から18時まで(最終日は17時まで。会期中無休)。
文と写真: 岡崎 保
過去の角 偉三郎さんの記事
食欲をそそる器 「角 偉三郎の漆展」
角 偉三郎(かど いさぶろう)さんのプロフィール
1940年
石川県輪島市生まれ
1955年
中学卒業と同時に沈金師の橋本哲四郎氏に師事
1962年
第一回日本現代工芸美術展に前衛的な作品「眼」で入選
1964年
日展に「晩鐘」で初入選。以来入選は17回に及び、1978年には特選
1983年
すべての公募展から退く
著書に『角偉三郎の漆と書』『角偉三郎の器・現在地』がある。
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