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酒井さんは、さらっとしている。脂ぎったところがない。顔も作品も、さわやかそのもの。35歳だというから、若いとはいえないのだろうが、少年のような清潔感が印象的な人である。インタビューした後も心地よい風にひとなでされたような気分が残った。
酒井淳さん
お重(胡桃)
トレイ 塗分(タモ)
トレイ 黒(タモ)
・・・サラリーマンだったそうですね。
大学を卒業して2年半、派遣会社の営業をやってました。新入社員ですから、ノルマもなく、毎日、映画見たり昼寝したり。これで給料をもらっちゃ悪いなという感じでした。
・・・どうしてこの世界へ入ったのですか。ものを作るのが好きだったのですか?
何の授業が好きかと聞かれて、図画・工作と答える程度には好きでした。でも、美術大学へ行こうなどとは夢にも思わなかったです。何となく勤め人は合わないなと思って会社を辞めてからですね、何をやろうかと考えて・・。
・・・この仕事がしたくて会社を辞めたのではないのですか。
辞めるって決めてから、何となくものを作って暮らしていけたらいいなと。重なってはいるんです。いま思えばとっても怖いことなんですけど、最初はエンピツを削るような感覚で、刃物があれば木ぐらい削れるんじゃないかと。高校の同級生でギターを作って生活している友人が、「やってみれば」とすすめてくれたこともあって、何とかなるだろうと。当時、何も考えてなかったんですよね。
・・・最初はどんなものを作っていたのですか。
最初は木のおもちゃです。木片を茄子の形に削って、それに車輪を付けて車にしたり。まわりに子どもがいなくて、モニターがいないから使い勝手がわからないし、改良もできない。ただ、木工作家というような肩書ではなくて、作っているものの名前を肩書にしたかったんです、おもちゃ作家とか。
・・・食器を作り始めたのはどんなきっかけからですか。
匙を作り始めたら、お盆のニーズがあったんです。お重は、ぼくが宴会が好きなもので、作り始めました。
・・・漆を塗るようになったのは?
家が山中塗をやっているという人とたまたま知り合って、その人が匙を作っているのなら漆を塗るといいよと教えてくれたんです。漆の本を買ったら、拭漆ぐらいなら誰でもできると書いてあったのでやってみようかと。その人の実家を訪ねたりもしました。
・・・酒井さんのような漆の使い方は新鮮ですね。
いやあ、苦肉の策ともいえるんです。漆はそれなりに年季がいる技術だと思うし、正当な方法では、とてもぼくの手に負えない。自分でもできるやり方を探していたらこうなったんです。ぼくの家は、やきものとか漆器などとは無縁な家で、先入観にとらわれずに勝手にやれたという面はあるかもしれませんね。
小箱(チーク)
小箱(チーク)
箸箱(胡桃)と箸(黒檀)
お玉(銀杏+栗)・シャモジ(ウォルナット)・トレイ 塗分(タモ)
・・・表面に古い味を出していますね。
古いものが好きということもあるんですが、漆って、顔料を入れちゃうと、奥行きを出すのがむずかしいでしょう。透明感というか、塗膜に奥行きが欲しくて、こうなりました。
重箱の蓋の表面がギザギザしているのは、次のような理由による。木の塊にノコギリを入れ、蓋の部分を切り離す。切り取った板を裏返すと、当然、ノコギリの模様がついている。それを生かしているのだ。酒井さんにいわせると「切り離すまで、どういう模様かわからない。無意識の模様を取り入れたくて」ということになる。これはアートのやり方で、職人のやり方ではない。酒井さんはこういう。
「道具性だけとかアート性だけとか、ジャンルを分けたくなくて、そういうことはあまり考えずに、自由に行ったり来たりしたいなと思っています」
箸箱を見て、思わず頬がゆるんでしまった。この箸箱、長方形ではない。先端に行くと細くなる箸に合わせて、先のほうが少し狭くなっている。箸箱が長方形なのは、スライドさせる差し込み蓋のせいだろうと酒井さんが教えてくれた。酒井さんの箸箱の蓋は輪にした紐でとめることになっていて、そのためにもこの形がいいのだろう。
おそらく工夫というようなものではないのだ。酒井さんは楽しみながら作っているだけなのである。楽しみながら作っている酒井さんの姿が目に浮かぶような作品ばかりなのだ。
酒井さんが「何に使うんだといわれると困るんですが」という小箱も可愛らしい作品である。欲しくなった。所有欲を刺激されたのである。買って何に使うという当てはないが、欲しいのである。これを作りながら味わったであろう酒井さんの楽しみを共有したいと思ったのだ。
酒井さんは何にも汚れていないのだ。そう思う。伝統にも、アートにも、技術にも、思想にも、分別にも、汚れていない。子どもがエンピツを削るように、匙や重箱を作っているに違いない。これから年齢を重ねていっても、それでやっていけるのかという一抹の危惧の念がないわけではない。しかしそれ以上に、酒井さんと、酒井さんの作るものの無垢が、いつまでも続くことを願わずにはいられない。それが私たちの幸せでもある。
「酒井淳展」2004年11月12日(金)〜11月16日(火)まで、東京都渋谷区渋谷1−16−14 メトロプラザ1F しぶや黒田陶苑(03−3499−3225)で開かれた。時間は11時から19時まで。
文と写真: 岡崎 保
酒井淳(さかい・あつし)さんのプロフィール
1969年
愛知県生まれ
1991年
名城大学法学部卒業
1994年
会社勤めを経た後、物作りに憧れて小木工品を作り始める
1995年
匙を削り始める
1996年
友人のすすめで漆塗りを始める
1997年
工房名として「匙屋」を名乗る
2002年
しぶや黒田陶苑にて初個展
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