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薄明かりの中の薄い器たち
「赤木明登 ぬりもの展」



左上:葉反椀 右下:大椀

2年ほど前から赤木さんの作風が変わった。それまでは普段使いの厚ぼったくて重い、存在感のあるものが多かった。それがまったく反対の、薄くて軽い、緊張感のあるものに変化したのだ。何か転機があったと考えるのが普通だろう。

「よくわからないんです。もう少し緊張感がほしいと思ったのは確かです。さらにいえば、僕は基本的に、自分だけの新しい形をつくろうとは考えていません。古いものを写してつくっているんです。例えばお椀ならお椀が、どうしてこういう形になったかを遡って探っていくと、古代の金属器に行き着きます。

片口
卓(しょく)三尺七寸
製作途中の片口
赤木明登さん


それに気がついたときに、金属器にいちばん近いものをつくってみたいと思ったのです。そして、金属器を写しているうちに、薄くなってしまった。金属器を写したものには磁器などいろいろありますが、木と漆が、薄さという点では、いちばん金属器に近づけると思います」

しかし、ここで問題が起こった。そんなに薄くては、使いにくいのではないか。そこで試してみると、慣れてしまえば非常になじむことがわかった。しかし、薄いものが手になじむ感覚を口で説明するのは難しい。そこで今回の展覧会では、昼と夜、赤木さんの器を使った食事会を催し、実際に薄い器を体験してもらうことにしたのだそうだ。

会場の吉田孝次郎邸は京都の古い町家建築で、陰影に富み、いかにも漆の展示にふさわしい。漆の魅力を「うるさくないこと」「静かさ」という赤木さんにはぴったりの会場だ。和室の畳の上や床の間に作品は展示されている。取材が夕方だったせいもあるが、うっかりすると展示を見落としてしまうほど、会場は薄暗い。表面の光沢を極力抑えた赤木さんの漆器は、闇の中に半分溶け込んでいた。恐らく昔はこうだったのだ。煌々と輝く照明の下の漆器はかわいそうである。

暗い中で器を手に取り、目を凝らして見ると、薄い器に繊細さよりも勁さを感じた。それは強度とは微妙に違う。極端にいえば、どこまでもたわんでいくしなやかさのようなものである。ここから先は自信がない、ただの憶測だが、赤木さんの作品の勁よさを支えているのは、知性ではないかという気がする。凡庸な知性や個性を否定する「知性」を感じるのだ。別の言葉でいえば、知性に汚されていない状態、つまり天然には戻れないことを知ってしまった人間の悲しみのようなものである。


赤木さんの製作スタイルはちょっと常軌を逸している。仕事をするときは、意識がなくなって倒れるまで徹底的にやる。意識が回復すれば、また仕事に没頭する。睡眠と食事以外はすべて仕事、そんな時期が2、3カ月も続く。ついには幻覚が現れる。さらには神の存在をはっきり感じるようになる。自分がつくっているのではない、神につくらされている、と。それは感動的な瞬間だそうだ。そこを超えると、今度は自分が神ではないかと思えてくる・・・ウッフッフッフと薄闇の中で赤木さんがいたずらっぽく笑っていた。

「赤木明登 ぬりもの展」は2001年11月8日(木)〜11月11日(日)まで、京都市中京区の吉田孝次郎邸・無名舎(TEL075-221-1317)で開かれている。11時〜19時、会期中は赤木さんが会場で応対する。この展覧会のプロデュースはエルマー・ヴァインマイヤーさん。

赤木明登(あかぎ・あきと)さんのプロフィール
1962年 岡山県金光町に生まれる
1981年 中央大学文学部哲学科に入る
1985年 世界文化社に入社。「家庭画報」編集部に配属になる
1987年 日本橋高島屋で角偉三郎展を見て感動、輪島に角さんを訪ねる
1988年 会社を辞め、輪島に引っ越す
1989年 輪島塗下地職人・岡本進さんに弟子入り
1994年 年季明け、礼奉公の後、独立。和紙を貼った独自の漆器づくりを始める
1996年 ドイツ国立美術館「日本人と現代の塗り物十二人」に選ばれる
1998年 ヨーガン・レールの漆器を製作する

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