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2002年8月


一般的に情報量の多い展覧会は面白い。ただ、この場合の情報量とは、たとえば1色より2色のほうが情報量が多いとうような単純な話ではない。カラー写真よりはるかに多くの情報を発信するモノクロ写真は珍しくない。別の言い方をすれば、同じ赤でも、情報量の多い赤、少ない赤がある、ということだ。また、見る側の受信装置の感度や容量の問題もあるだろう。

東京国立博物館創立130周年記念特別展を見れば、たいがいの人はボーッとしてしまうに違いない。あんぐりと口を開けて、無防備に眺め入るだけである。多分、あまりの情報量の多さに頭が対応しないのである。国宝や重文を含む総出品点数150点余。どれ一つをとっても、一冊の本が書けるほどの情報量を持ち、また一堂に会することで、さらに情報量が倍加している。

頭を整理するために、図録の解説を頼ることにした。これがまたよくできている。江戸蒔絵の位置と展示コンセプトの相関が見事に交通整理されていて、ちょっとしたカタルシスを味わうことができる。

解説の小松大秀(東京国立博物館工芸課長)によれば、蒔絵を時代で区分すると次のようになる。

1.
平安時代 シンプルでごまかしのきかない研出蒔絵の時代
2.
鎌倉・室町時代 平面から三次元へ。文様に微妙な陰影を与える高蒔絵の時代
3.
安土・桃山時代 巨大建築の時代。手間のかかる研出蒔絵や高蒔絵では間に合わず、比較的平易な平蒔絵が全盛の時代。

こうして江戸時代を迎える。「二百五十年余り続いた泰平の世は、蒔絵のように富と時間を必要とする技法にとって、まさにうってつけともいえる好環境だった」のである。伝統様式の蒔絵は息苦しいまでに完成度を高め、一方、それに対抗するようにいくつも新様式が生み出されていく。この伝統と新様式のせめぎあいはまことに壮観であり、それを味わうことがこの展覧会のテーマというわけだ。

展示は次の7つのコーナーに分けられている。

1.
究極の技を求めて 伝統様式の蒔絵師たち
2.
受け入れられた異才 小川破笠と笠翁細工
3.
伝統様式への挑戦 光悦・光琳の蒔絵
4.
洗練・写実・奇巧 変貌する伝統様式
5.
極小世界の至福 印籠と根付
6.
日本の漆芸、世界へ 江戸の輸出漆器
7.
華やぎの品々 お姫様の婚礼調度

1では、幸阿弥と五十嵐の作品を中心に伝統様式の到達点を見ることができる。個性的でありながら少しの破綻もない。なるほどこれは「息苦しいまでの完成度」である。しかし、そうした完成をあざ笑うように登場するのが小川破笠だ。石や貝殻をそのまま使ったり、濃密な中国趣味を蒔絵の世界に持ち込み、流行作家になっていく。

3のコーナーはこの展覧会の目玉である。中でも「樵夫蒔絵硯箱」と「舟橋蒔絵硯箱」が二つ並んで展示されることは空前絶後なのだそうだ。こうして見ると、同じ光悦でも、違いは歴然である。しかし、違いよりもむしろ共通するもののほうが強調されて見えてくるような気がする。それは、実用を無視してまでも表現してやまぬ芸術家の情熱であり、と同時に、光悦が乗り越えようとする伝統の凄さだ。

こうしたせめぎあいは、江戸後期にいたり、清楚で気品のある羊遊斎を生み、一方では様式化し記号化した文様への反発から極端な写実へと進み、さらにはカラクリの世界への接近も試みられるのである。

5は印籠と根付という蒔絵の独壇場ともいえる小宇宙が楽しいし、6、7のコーナーは素直にびっくりすることができる。輸出漆器はそれまで見てきた作品とあまりにも違うのに驚き、婚礼調度はその徹底性にあきれるのだ。

江戸蒔絵の名品をこれだけ集めた展覧会は、もうないかもしれない。止むを得ないことだが、ガラス越しの鑑賞は歯がゆいし、疲れる。しかし、それを補ってあまりある展覧会である。会期はまだ十分残っているので、時間を作ってもう一度見に行きたい。

岡崎 保 okazaki@japan-urushi.net

秋野蒔絵硯箱
五十嵐道甫作
石川県立美術館
撫子蒔絵硯箱
山本春正作
東京国立博物館
鸚鵡意匠硯箱
小川破笠作
東京国立博物館
菊や桔梗の描写が高度に様式化していることと、高蒔絵がシャープな切れ味を見せていることに注目。 伝統様式の蒔絵では形式化、記号化された花が描かれるのが多いが、ここでは撫子が写実的に生き生きと表現されている。 埋もれ木製。金、銀高蒔絵に堆朱、陶板嵌装を交えて基台にとまる鸚鵡を表す。当時流行の中国趣味が見られる。
夕顔意匠料紙硯箱
小川破笠作
樵夫蒔絵硯箱(重文)
本阿弥光悦作
静岡・MOA美術館
舟橋蒔絵硯箱(国宝)
本阿弥光悦作
東京国立博物館
高蒔絵に陶片・貝・鼈甲・染牙・唐木などの象嵌を交える。装飾材料の多様さと、蒔絵・象嵌の精緻さで、笠翁細工の中でも際立った作品。 この樵夫の画面が何を意味するのか、長い間謎だった。室町時代に盛んに行われた「葦手(あしで)」という手法がある。これは画中に歌文字を隠し、歌や物語を暗示するというものだが、この樵夫は大友黒主であり、謡曲「志賀」などに見られる伝承文学の一場面ではないかという説が最近では有力である。 鉛板の橋を大きく斜めに渡し、後撰和歌集の「東路の佐野の舟橋かけてのみ」の歌が書かれている。葦手でも光悦は文字を隠そうとはせず、前面に押し出している。
椿若松蒔絵硯箱
緒方光琳作
蕨蒔絵懐石膳および椀
原羊遊斎作
京都・野村美術館
菊蝶蒔絵印籠
(蒔絵銘「春正」)
東京国立博物館
方形・丸角・かぶせ蓋造りで、蓋の甲を高く盛り上げている。金高蒔絵に螺鈿、鉛平文(ひょうもん)で椿と若松を描く。形、技法、材料とも琳派の特色がよく出ている。 蕨は「樵夫蒔絵硯箱」などにも描かれた琳派得意のモチーフ。金の薄肉高蒔絵と鉛板で表している。膳には「抱一筆(印)」(酒井抱一)と「羊遊斎」の銘がある。 4段重ねの印籠。八重菊の重なり合う花弁を巧緻な描割(かきわり)で表しており、研出蒔絵の名人ともてはやされた春正の名にふさわしい作品。
蟠龍鳳凰螺鈿印籠
(螺鈿銘「杣田造」)
東京国立博物館
丸紋蒔絵螺鈿洋櫃
トレビの泉蒔絵プラーク
東京国立博物館
研出蒔絵に細かく切り刻んだ金属で切貝や切金をあわせた、いわゆる「杣田細工」の手法で作られている。 長さ約95センチ、奥行き46センチ、高さ約53センチの洋櫃。金平蒔絵と螺鈿で幾何学文様の帯と丸紋を表す。 プラークとは壁に掛ける飾り板。銅板に厚く漆を塗り、平蒔絵を用いて西洋の銅板画を引き写した。蒔絵の精緻な表現が銅板画の細かい線描を模すのに適していると判断されたのであろう。しかし、人物はちょっとヘンである。
竹葵牡丹紋散蒔絵女乗物
東京国立博物館
鷹司教平の娘従姫が徳川綱吉に嫁いだときに乗った駕籠。内面にも源氏絵が描かれているなど、重厚かつ華麗な装飾がほどこされている。
写真等は全て東京国立博物館の許可を得て掲載しており、二次使用などはかたくお断り申し上げます。
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