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会場の「スペースたかもり」は、催しの90%以上が漆器の展示・紹介だというユニークなギャラリーだが、主宰する高森寛子さんは、福田さんの漆器について、こう紹介する。
「気軽に使える本物の漆器がなかなかないんです。みなさんが毎日使おうと思ってお買いになる安くて気軽なものは、気軽過ぎますね。だから、もたないんです。もう少しお金を出して本物を買えば、毎日使っても大丈夫。福田さんの器は、見るからに日常的でしょう。本当はこういう展覧会場ではなくて、家庭の食卓の上に置いて見ていただきたいんです。でも、とりあえず見ていただかないことには始まらないので、こうしてご紹介しているんですけどもね」
何だか器好きの人の台所にでももぐり込んだような、気の置けない雰囲気が会場に満ちているのだ。
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福田敏雄さん
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深皿(6寸、7寸、8寸)
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平皿(6寸、7寸、8寸)
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縁丸サラダボ-ル(拭き漆)
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七五重
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福田さんが漆の世界に入ったのは24歳。年季奉公の年月を考えれば遅い出発といっていいだろう。予
想はしていたものの、他人の目を盗んで修行するような厳しい年月が6年間続いた。30歳を前に独立したとき、福田さんは職人に徹しようと思っていた。実際に10年ほどは、輪島でいう「受け取り職人」で下地だけをやっていた。
「下地は一つの工程に過ぎませんから、自分の前を通過していくだけなんです。最終的にどう仕上がるのかわからない。あるとき、私が下地を塗ったものが、見事な輪島塗りに仕上がっているのを見たんです。あまりにも見事過ぎて、これじゃあ使われないだろうと思いました。下地塗りは木地を強化するための作業ですが、使われないのなら強くする必要があるのかと」
それから少しずつ自分のものも作り始めた。モットーは「強くて美しくてリーズナブル」。「毎日ガラガラ使えなくちゃ話にならない」からだ。
椀を中心に、皿、鉢、重箱などがぎっしり、気取らずに展示してある。新品新品していなくて、10年前から使っているような親しみを感じるものばかりだ。今回、写真で紹介するのは、福田さん自身の選によるが、「いちばん気に入っているのは?」といわれて選んだのが「七五重」だった。福田さんのものの中では遊びがある方だろうか。蓋が片手で開けられること、その蓋を裏返せば皿になることも自慢である。石目というザラザラした肌をもつ形のいい椀。見た目が、漆というよりやきもののようなサラダボ-ル。素朴な拭き漆の平皿。「気軽に使える」とか「気の置けない」とか、いかにも平凡なもののように形容したけれども、一つ一つの器に並々ならぬ工夫が込められ、福田さんの神経が行き届いている。
自分はラッキーだと福田さんはいう。自分がいいと思うものを作り、それをいいと思ってくれる人がいて、儲かるわけではないが生活はできる、それがラッキーだというのである。
「私の作るものをいいといってくれる人がいなかったら、いつでも職人に戻るつもりでした。私が作るものがウケないとして、じゃあ、どういうのがウケるのか、それを考える方向には行きたくなかったですから」
自分を曲げるぐらいなら自分を閉じ込める、これは強情な言葉である。この覚悟の上にはじめて「ラッキー」が成立するのであり、福田さんの作家性を保証する言葉でもある。
「福田敏雄の汁椀・飯椀・いろんな椀」は2002年6月13日〜7月6日の木・金・土のみオープン。時間は11時〜18時(最終日は16時まで)。会場は地下鉄丸の内線茗荷谷駅下車3分の「スペースたかもり」(TEL03-3817-0654)で。
岡崎 保 okazaki@japan-urushi.net
| 福田敏雄さんのプロフィール |
| 1954年 石川県輪島市に生まれる。代々塗師の家だが、福田さんのお父さんの代で途切れる(つまり一代おいて福田さんが復活させた形だ)。高校卒業後、上京。写真学校に通ったり、1年半の社会人生活も経験する。1978年、24歳で輪島に帰り、下地職人としての修行に入る。1985年、独立。10年間は職人に徹する。1991年、日常使いの漆器を発表。 |
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