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村瀬治さん
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この秋、治さんは三代目「村瀬治兵衛」を襲名するが、村瀬家は代々名古屋の木地師だった。初代(治さんの祖父)が、もっと荒々しい漆器を作りたいと思い、木地だけではなく絵つけまで自分で手掛けたのが最初だ。そして苦労の末に東京に居を移す。
戦後の混乱期を乗り切ったのが、治さんの父上である現在の治兵衛(2代目)である。初代に比べ「きれいで、華やか」な作風と治さんはいう。そして、治さんはどうか。「ちょっと初代のほうにもどっている」とはご本人の弁だ。いずれにしても木にこだわり、分業はせずに木地から塗りまで一貫して一人で制作するのが「村瀬治兵衛」の特徴である。
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独楽水次(治兵衛作)
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「若い人に椀ひとつでもいいから、毎日使える漆器を持ってもらいたい。講義
を聞いたり、本で勉強するより、実際に毎日使うのがいちばんなんです。そのためにギリギリまで価格をおさえてあります。毎日使って木のよさ、漆のよさ
を知ってもらうためには、こちらもあやふやな仕事はできないということです」
襲名を目前に控えている現在でも、出品点数の6割は父上の作品である。茶道具は父、食器は子という分担のようなものが、父子展では自然にできあがっている。
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