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名古屋三越で村瀬玄之・中村道年・中村公之「三人展」を見た。漆芸と陶芸の合同展だが、お目当てはもちろん漆、村瀬さんの「張貫」(はりぬき)である。

張貫とは一閑張のことである。厳密にはイコールではないようだが、要するに和紙を素地とした漆芸のことである(※注参照)。張貫も手掛ける漆芸家はいるだろうが、張貫専門に制作しているのは、恐らく日本では村瀬さんしかいない。

篭一閑箕形干菓子器

張貫は、奈良時代から伝わっている漆芸技法の一つだ。江戸時代には携帯用の煙管入れや筆入れなどが盛んに作られた。そのことからもわかるように、張貫の第一の特徴は軽いことだ。そして和紙のやわらかさと漆の丈夫さを併せ持つところが身上である。

明治・大正時代、「名古屋一閑張」は地場産業として一世を風靡し、その精緻さは他に類を見ないといわれた。しかし戦後は衰退し、いまでは村瀬さんだけとなってしまった。

こよりあみ文茶箱

村瀬さんの作る茶道具を一層精緻にしているのは、張貫にこよりを組み合わせるためだ。これは代々伝わった技法で、こよりを編み、わらび糊で形を整え、漆を塗って仕上げる。蒔絵の茶道具などとは趣の異なる親しみやすさと独特の感触が生まれるのだ。

代々伝わる技法を守っているだけではない。たとえば「こよりあみ透かし香合」は、三代目独自の実験である。

「透かし編みは、香合だからできたことです。棗や煙草壺では香りが逃げてしまう。香木は火にくべてはじめて香りが出るもので、香合はコンテナの役割だけですから」

こよりあみ透かし香合

張貫菊花散らし中棗

もう一つあげると、「張貫菊花散らし中棗」。表面にこよりの菊と厚紙の菊とが張り付けてある。

「使っていると、こよりの方は筋で黒が出てくるし、厚紙の方は面で黒が出てくる。これは親父もやってなかったと思います。修行といっても、父の横に座って見ているだけで、教えてはくれないんですよ。だから、細かいところでは、父とぼくではやり方が違います。こよりのより方一つとっても、父は左利き、ぼくは右利きなので、違うんです」

お父さんとはどうしても比較されるでしょう、と聞いてみた。

「あります、あります。お父さんのは品があったわよねえ、なんていわれたり(笑い)」

二代目は伝統工芸展に何度も入選したり、名古屋市や愛知県から表彰されたり、大きな存在だったのである。一昨年、77歳で亡くなり、三代目を継いだのだが、村瀬さんはまだ自分で納得していない。2004年に三代目襲名の展覧会を予定している。

何とかそれまでに本当の三代目、自分も納得できる三代目になりたいと思っているのだ。本当の三代目のめやすの一つが伝統工芸展の入選を果たすことである。

竹根来細水指

こよりあみ輪花盆

「今年もだめでした。ええのができた、と思ったんですけどねえ。三代目を名乗ってはいますが、箱書きなどは村瀬賀意という本名で書いています」

本来なら「張貫師 村瀬玄之」と箱書きするところなのだ。その「張貫師」を自らに禁じているのである。
いろいろお話をうかがってから、もう一度会場をまわってみた。陶器の方ではそんなことは少しも感じなかったのに、最後に張貫のコーナーにきて、漠然と孤独を感じた。もしかしたら、張貫という伝統的な技法を、私たちは失ってしまうのだろうか。

「またひとつ、伝統の火が消えた」などという表現で、その技術がいかにも現代の生活に合わなくなったようにいうが、見限られたのは、実は私たちの方ではないか。「ばかなやつらにはつきあいきれない」と、私たちの方が見捨てられつつあるのではないか。そんな気がして仕方がなかった。※注
漆は液体なので、漆だけでは形にならない。漆芸はすべて、漆を何かに塗り、それを乾燥させて形を固定させたものである。漆が塗られたものを素地、専門的には「胎」という。いわゆるボディーである。木を素地にしたものは木胎、やきものならば陶胎、金属ならば金胎というが、特別な呼び方をするものもある。布を素地としたものは、布胎とはいわず、乾漆という。皮に塗られたものは漆皮(しっぴ)、竹の場合は籃胎(らんたい)と呼ぶ。和紙を素地としたものは紙胎漆器ともいうが、通常は一閑張とか張貫という。

また、一閑張と張貫の違いについては、室瀬和美著「漆の文化」にはこう書いてある。

「胎が何であっても表面に和紙が貼られ、その和紙肌を見せたまま塗ってある漆器を一閑張り、あるいは一閑塗りと呼んでいる。芯から紙でできている貼り抜きとは区別して呼んでいる」

三代目村瀬玄之(げんし)さんのプロフィール
1954年、名古屋市生まれ。本名は村瀬賀意(がい)。大学生のとき、二代目から「やってみないか」といわれ、卒業後、本格的にこの道に入る。年齢的には遅い出発で、漆そのものを勉強するため輪島に行こうとしたが、14、15歳でないと受け入れられないと断られた。二代目の横に座って修行する。口では教えてくれない、見るだけである。
1992年、淡交ビエンナーレ入選。1998年、日本伝統漆芸展入選。第1回個展。
2000年、玄之・賀意親子展。

「三人展」は2002年9月11日(水)〜9月17日(火)まで、名古屋三越栄本店7階の特選画廊で開かれている。最終日は5時まで。名古屋三越 TEL052-252-1111

岡崎 保 okazaki@japan-urushi.net

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