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下地ワークス
惣身(布着せでできた
段差を平らにする)
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案内状を見ても、この展覧会がどういうものなのか、よくわからなかった。「下地ワークス」?2人展らしいが、いま流行のコラボレーションだろうか。
会場に入ってすぐ目につくのは、左の壁面に垂らされた長い和紙のようなものである。次に、椀や片口などの器類。2、3歩入ると、右側に掛けられた何やらカンバスに分厚く油絵の具を塗ったような作品…。手堅い職人の仕事と最先端のアートが自然に溶け合って、漆の精気が充満する空間が現出しているのである。
何よりも急がれるのは「下地ワークス」とは何かの解明である。早速、小川さんに説明を求めたが、その前に、漆器は数多くの工程を経て完成すること(焼きものとは比べものにならないほど多い)、それらの工程は一切表面には出ないこと、この2つを言わずもがなの予備知識として記しておきたい。
「器の工程というのは、強度を増すためのものでしかない。だから、過程は完成品からは一切見えないわけです。でも、それぞれの過程にいろんな美しさがあり、ぼくとしてはもったいないあと思っていました。過程がもう少し表面に出ればいいのにと。ところが本職である長井さんたちには、そんなことは許されないわけです。ぼくは職人になりたいわけでもないし、なれるわけでもない。そういうぼくが、使う目的ではなく作るのなら、こういうものも許されるのではないか。もしぼくにとって美しければ、そしてそれを見て誰かが何かを感じてくれるのなら、そういう作品の存在も悪くないかもしれない、と」
先ほどの「長い和紙のようなもの」というのは、左が「布着せ」、右が「木地固め」という漆の工程を和紙に施し、力強い作品に仕上げたものだったのである。陽のあたらない職人の仕事に美を感じ、それをアートに昇華させたというわけだ。
こういう試みを長井さんはどう見ているのだろう。「最初は、小川さんが何をしたいのかわからなかったんです。でも、こうやって見ると、いいんじゃないかなあ。『これも漆なんですか?』とお客さんに関心をもっていただき、『これも工程の一部に入っているんですよ』というところから話が始まれば、面白いと思いますね」
つまり下地ワークスとは、「職人さんがもっている魅力というのは、別の角度からスポットをあてると、もっと豊かで価値があるということがわかってもらえると思う」という小川さんの、「職人讃歌」あるいは「漆への思い」を込めたアートなのである。
下地ワークスを見つめた目を長井さんの器に転じると、なんとも好ましく感じるのはなぜろう。表面がさまざまな工程を隠していることに気づかされたせいだろうか。それもある。しかし、それだけでは話ができすぎだろう。やはり長井さんの造形がしっかりしているのだ。光沢を抑えた器が大半だが、実際に使っている小川さんによれば、だんだん艶が出てきて器が自分のものになった気がするという。長井さんも「器が泣くから使ってください」と必ずお客さんにいうのだそうだ。
小川さんに刺激を受けたのか、長井さんは「ぼくも何かやるかもしれない。そういう気持ちはあります」という。
輪島では下地塗りに火山灰の一種を生漆に混ぜて使う。これを地粉(じのこ)というが、この地粉をわざと瘤のように残した片口が展示されていた。下地塗り職人としての矜持を見た思いがした。
器を楽しみ、アートを楽しみ、下地のこともよくわかるこの展覧会は、1回見るだけで3回分、4回分の満足を与えてくれる。
長井均、小川マア両氏のこの展覧会は2002年5月14日〜23日(12:00〜19:00、最終日は17:00終了)まで、東京・南青山のギャルリーワッツ(TEL03-3499-2662)で開かれている。期間中「レクチャ-」と銘打ったト-クもあるが、詳細はギャラリ-まで問い合わせのこと。
岡崎 保 okazaki@japan-urushi.net
| 長井均(ながい・ひとし)さんのプロフィール |
| 1957年、石川県輪島市に生まれ、現在も輪島に住む。中学を卒業して、地元の塗師屋に弟子入り。「つらかったですね。木地磨きだけ。ヘラも刷毛も使わせてもらえない。こんなにつらい思いして習うことかなあと、何度も思いました」。年季が明けて、もう一軒の店に弟子入り、独立するまで10年以上の修行時代がある。加飾に対する憧れはあったが、下地の技術を生かしたオリジナルの「長井塗り」(無地)に徹して現在に至る。 |
| 小川マア(おがわ・まあ)さんのプロフィール |
| 1955年、愛知県瀬戸市生まれ。実家が焼きもの屋だったこともあり、器やぬりものには、もともと興味があった。大学入学で上京し、卒業後はサントリーの宣伝を手がける「サン・アド」社に入り、コピーライター、ディレクターを経験。1987年、独立して「まあ商会」を設立。個人的に焼きもの、ぬりものの展覧会などをまわっていて、長井さんの個展に出会い、交際が始まる。輪島に通って職人の仕事を見たりしているうちに、「こういうのも許されるかなあ」と、漆を使った自分なりの表現を開始。名付けて「下地ワークス」。 |
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