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父の遺志を受け継ぎ、根来塗の創造へ
「根来塗 夏目陽介デビュー展」
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根来塗は和歌山県の根来寺に由来する。この寺は、室町末期の最盛期には山内の寺院数2700以上、僧は5900名に達したといわれるから、寺というより、ひとつの都市である。
ここで作られ、僧たちが日常的に使っていた漆器、それが本来の根来塗である。しかし、1585年の秀吉の紀州攻めにより、根来寺もほぼ焼失し、発掘調査は行われているものの、当時の漆器で現存するものは極めて少ない。そのこともあって、これが根来塗だという厳密な定義はないに等しい。
現在、一般に根来塗といわれているものは、黒漆による中塗りをし、その上に朱漆を塗り、乾燥後、所々に黒漆を研ぎ出して模様をつけたものの総称である…そんな予備知識を一夜漬けで仕入れて、夏目さんの個展に出かけた。
会場に入ってすぐ目につくのは、刷毛目の作品が多いことだろう。根来塗と刷毛目?
「昨年亡くなりました父が、初期の根来の肌というものにこだわって、なるべく近いものを出したいと追求した結果、考え出したものです」
夏目さんの説明を続けるとこうだ。
研ぎ出し根来が出てくるのはだいぶ時代が下がってからのことであり、本来の根来塗の表面は朱一色だったはずである。朱は貴重だったので、表面に一層し
か塗れない。そのため長く使っているうちに剥げ、下の黒が見えてくる。さらに、当時は精製技術もいまのようではなかった。純度の高い朱が得られれば、少量でも発色するが、おそらく大量に入れないと思うように発色しなかったのではないか。そのために漆が現在のものより粘りのある、とろりとしたものだったことがうかがえる。
お父さんの有彦さんは、そのとろりとした肌に近づけたいと研究を重ねたのだ。その結果、独特の漆の調合法を考え出し、亡くなる前に夏目さんに伝えたという。また、漆に粘りがあるため、普通の刷毛(人間の髪で作る)では腰が弱くて塗れない。そこで馬のタテガミの刷毛を使う。これもお父さんが考案したことだ。
このようにお父さんの有形無形のさまざまな遺産を、陽介さんは受け継ぐ。問題は、それに何を加え、深め、広げるかだろう。今回の個展を見ただけでそれを云々するのは、せっかちというものだが、見事な造形力を夏目さんの特徴としてあげることには、誰も異論がないのではないか。
その好例が根来連弁干菓子皿だ。この形は、仏像の台座に使われる蓮の花弁をアレンジしたものだ。根来塗の発祥は寺である。そのことが夏目さんの頭の中にはあるのである。
「根来塗の定義があやふやだとしても、好きな人には、これは根来だ、これは根来じゃないという基準があります。根来らしくない形にいくら根来らしい塗りをしても、それは根来じゃない。形と塗り、この2つがそろってはじめて根来になる。しかしそれは、昔の形をそのまま続けていればいいということではない。新しい『根来らしい形』があると思うし、それを追求していかなければいけない。そうじゃないと、古いものの単なる再現になってしまいますから」
いまは無我夢中だと夏目さんはいう。有彦さんという大きな存在を失い、荒野に独り放たれたような気分ではないだろうか。デビュー展という言葉が示すとおり、初々しい緊張感に溢れた作品に出会える展覧会である。
「根来塗 夏目陽介デビュー展」は2001年9月20日(木)〜9月29日(土)まで、大阪・堂島浜のギャラリー堂島(・06-6345-9363)で開かれている。10時〜19時、最終日は17時まで。
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