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会場はレストランなので、薄暗い。壁に20点ほどのレリーフが飾られている。照明があたっている作品もあれば、暗闇に埋もれているものもある。展覧会というより、もともとそのレストランに飾ってあった作品を見るという感じだ。自然で、違和感がない。

でも、これが漆?

絵の具を分厚く塗り重ねたような作品やこげ茶色の微妙に枯れた表面を持つ箱の連作。彫刻と絵画の中間、思わず手で凸凹を確かめたくなるような表面を持つ作品たちである。

「乾漆の技法の応用です。乾漆は表面のシブい感じが好きなんです」

豊田さんがいうと「渋い」ではなく「シブい」と聞こえる。軽いとかいま風という意味ではない。新しい人が古いものに出会った驚きのような響きが、言葉に出ているのだ。

絵の具を分厚く塗り重ねたような昨品については、こう解説する。

「これも一応乾漆で作ったんですけど、飛鳥時代から天平時代の間に仏像製作に使われたとされる脱活乾漆に近い技法で、切り子下地を刷毛引きし、生漆を主に砥の粉や地の粉を混入した糊漆で和紙と麻布を何層も張り合わせ、錆付けや蒔地で強化していく等昔からある技法を基に形成していったものです。」

豊田さんの作品にはタイトルがない。あえてつけないのだそうだ。

「最近は『継続する記憶』という大まかなテーマで作っています。連作みたいなもので、一つ一つの作品には特にタイトルはつけていません。自己表現とか個性とかを大切にしたいので、いつも自分の表現、自分の表現と思っています。

でも、どこかに過去の記憶、たとえば子どものころに受けた影響とか、名作に出会ったときの感動とか、そういうものが入ってくると思うんです。それは無意識とは違う。どっかで意識しているんじゃないか。その上で自分の表現を考えたい。

記憶というのは、過去だけじゃなくて、未来へも継続していく。いろんなものから影響を受けている自分がいて、自己表現を求めているということです」

それにしても、なぜ漆なのか。

「大学に入る前は漆をやろうなんて、全然思っていなかったです。芸大の卒業制作展を受験生として見にきたときに、黒い器があって、その黒の深さというか、強さというか、何だろう、この素材は、と思ったのが最初ですね。

で、大学に入って、漆の美術などを見ているうちに、新素材より古い素材の方がイマジネーションが広がることに気づいたんです。それで伝統工芸にもあこがれたのですが、漆という樹液の持つマチエールとしての肌の質や、蒔絵や青貝細工などの加飾や変り塗りの幾つもの奇抜な意匠を見ているうちに、新たなる表現の可能性を感じていったのです。その頃は、用途のないもの、メンタルなものに魅力を感じるようになったんです。そして、触覚的な絵画、触れるという感覚を持った作品が漆ならできるのではないかと期待してしまったのですね・・・。

ところが、やってみるとうまくいかない。漆は縮んだり、乾かなかったり、とにかく手こずる。それが悔しくて、何とか思いどおりにしたいと思っているうちに、はまってしまいました」

漆はいうことをきかない、それは伝統工芸の世界でもよく聞く話だ。そして、長年漆と格闘してきた長老たちはいうのである、「漆に従う」と。漆に従うことで得られるものとは何なのか。それは、「自分以上」ではないかと思う。

誤解されると困るが、自己表現などつまらないといっているのではない。子どもならいざ知らず、いったん知恵の木の実を食べてしまった大人は、絶えざる自己表現を通してしか「自分以上」には到達できない。

いや、到達などはだれもできない。ただ、「途中」が美しいだけなのだ。そして漆は、「途中」であることを思い知らせてくれる大事な素材なのではないか。「継続する記憶」を、筆者は「途中」と理解した。

豊田さんの前のテーマは「スティル・ライフ(静物)」だった。そして「継続する記憶」へと成熟した。明らかに成熟といっていい。豊田さんは時間を手に入れたからだ。

しかし、その成熟を漆が打ち破りにくるだろう。この世界に身を置き、真摯に自分と向き合うものの宿命である。

「豊田正秋展」は2002年9月10日〜9月27日まで。六本木のバー&レストラン「アトモスフィア atmosuphere」で、夜8時から翌朝4時までオープン。
会場は地下鉄六本木駅下車、西麻布交差点から渋谷方向に50メートルほど登った右側のバルビゾン27ビル4F。電話03-5467-0663

豊田正秋さんのプロフィール
1963年 大阪生まれ。
1991年、東京芸術大学大学院美術研究科漆専攻修了。
その後、漆作家として活動を開始。年に2〜3回のペースで個展を開いている。

岡崎 保 okazaki@japan-urushi.net

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