2002年
李朝と根来 「辻 徹展…手の痕跡」
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朱根来片口とぐい呑
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根来を究めてみたい、これが最近の辻さんのテーマである。使い込まれた「時代の味」を嫌味にならないように出すには、どうすればいいか。そして「繊細な根来」「端整な根来」という考え方に行き着いた。
「根来は一般には豪放闊達なイメージだと思いますが、江戸時代前期の根来は以外に繊細なんです。もともとお寺の什器ですから、それなりに端整なものだったはずで、そういう根来が作れないかと思っているんです」
「繊細な根来」がイメージできなくて困った。
「たとえば?」と辻さんに聞くと、「根来箱」を指し、「これなんか、そんなつもりで作りました」という。大きさが絶妙なのである。長さ30センチ、幅12、3センチといったところだろうか。これ以上大きくても小さくても、高くても低くてもだめなような気がした。朱のかすれ具合がひかえ目で、脚の幅が全体の立ち姿を端整にしている。「繊細な根来」がわかって、うれしくなった。
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拭き漆十二角卓(じょく)と
朱根来十二角卓(ともに栗)
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辻さんのもうひとつのテーマが「李朝」である。もともと骨董、特に李朝が好きだった辻さんは、何とか自分の仕事に李朝を取り入れられないかと思っていたのだ。
作品でいえば十二角卓(じょく)である。十二角の天板とハカマのような台が、なるほど李朝風なのだ。李朝風の根来を作るのかと聞くと、「まあ、そのへんは融通無碍に」ということだった。根来と李朝のドッキングも、もうイメージできる。十二角卓は拭き漆と根来の2種類が展示されていて、趣はまったく違うのに、どちらも李朝の雰囲気を持っている。不思議な気がした。
辻さんの仕事は、家具などの大きいものが6割、器など小さいものが4割ということだった。最近は小さいものが面白いという。大きいものではできない作り込みが、小さなものではできる。ある程度の面積を占める家具は、あまり作り込むといやらしくなるそうだ。
大きなものは、もちろんお客さまからの注文で作ることになる。作品として作って満足するより、お客さまに満足してもらうほうがうれしいと辻さんはいう。つまり、辻さんはすべて「商品」として作っているのだ
「最近は美術展などにもあまり出してないんです。どうしても目立つもの、大きなものとかになってしまう。自分以上になってしまうんです。それが気になって、出してないんです」
辻さんの作るものが健康なのは、他人のために作られているからだ。
今回の個展のサブタイトルは「手の痕跡」である。辻さんは漆から木にのめり込み、指物(さしもの)を独学で学んだ。いまは指物、刳物(くりもの)を手がけ、ロクロはやらない。木地のときの手の痕跡を残しながら塗りをやりたいという。
漆はものの表面を覆うものである。結果的に漆は内面を隠す。そして一人歩きしてしまう。漆器はもう少し木であってもいいのではないか。辻さんの仕事は、そう問いかけているようだった。
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