世代によっては「ヴェトナム」という言葉に特別な感慨を持つ人も少なくないだろう。30年に及ぶ、長い、むちゃくちゃな戦争。そして質量ともに圧倒的な現代兵器が、ヴェトナムの泥と植物、やせ細った人々に敗れた。勝利したはいえ、何もかもが根絶やしになったのではないか?
しかし、そうではなかった。その一つがヴェトナムの近代漆絵の伝統である。ヴェトナムでは、漆絵は特権的な地位を与えられているという。画家はみな最終的には漆絵をめざす。1986年に始まる経済開放政策(ドイモイ)は、経済だけではなく、アートシーンにも活気を与えた。いまヴェトナムのアートは世界中の注目を集めているが、その中心にいるのが、タイン・チュオンである。
会場には漆絵をはじめ、油彩、水彩、ライスペーパーという手漉きの紙に描かれた版画など、ヴェトナムをリードするアーティストたちの50余点が展示されていて、いずれも才気を感じさせる。中でもタイン・チュオンの漆絵は素晴らしい。作品と向き合っていると、まず音が消え、そして時間が停まる。彼は好んで子どもの頃の思い出をテーマにするが、その絵は見る人に子ども時代を思い出させる喚起力を持っている。クラッとしそうな炎天の通学路、一瞬すべてが停止して、時間の隙間に入り込んだような記憶が甦る。もちろん彼の絵
にあるような水牛が、通学路にいたわけではない。しかし自分の思い出が止めようもなく甦る。
色がいいのである。漆の発色は「アジアの艶(つや)」ともいわれるそうで、これは現物を見るしかないだろう。雑誌やポストカードなど、印刷物になったものも見たが、本物とは似て非なるものという印象だ。鮮やかなのに、深い静謐さを湛えているのである。恐らく、背後には仏教があり、同じ宗教的な土壌が、日本人に訴えるのであろうか。
Bunkamuraという場所も、そして会場も、とても入りやすい。ぜひ立ち寄って鑑賞してほしい。戦争がどうのこうのはゴタクである。そんなことより、ヴェトナムの刺激的な「いま」を感じてもらえばいいと思う。
「ヴェトナム現代作家展」は2001年6月17日(日)まで、渋谷の東急文化村・ Bunkamura
Gallery (03ー3477ー9174)で開かれている。営業時間は10:00 〜19:30。入場無料
なお、2001年7月14日から9月16日まで新潟県の栃尾市美術館(TEL0258ー53ー6300)
で、内容をさらに充実させた「ヴェトナム現代作家展」が開催される。また、
ヴェトナムのアートやタイン・チュオンについては、「アート・遊」のホームページが詳しく紹介している。
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