■普通の漆器の修理とは全然違うんでしょうね。
室瀬 再び使うために修復するわけではありませんから、考え方も技術もまったく違います。博物館や美術館に入るようなものは、作られたときは硯箱であったり化粧箱であったりしますが、「使う」という役割はすでに終わっています。今度は研究や鑑賞の対象となるわけで、歴史ごと保存するということが大切になります。
■具体的にいうと?
室瀬 きれいにするのではなくて、これ以上壊れないようにするのです。例えば漆がめくれているとします。それを取り除いて新たに塗り直すのが普通の漆器の修理です。文化財の場合はめくれているのを押さえるのです。その物が持っている情報を減らしたり増やしたりしないで、100年先、200年先も現在と同じ条件で研究や鑑賞ができるようにするのが仕事です。
■そうすると触ったら元も子もなくなる場合もありますね。
室瀬 あります。例えば塗膜にはまったく傷がないのに、なぜか空気が入って漆が浮いているものがあるんです。それを直すには中の空気を抜いて押さえなければならない。そうすると新しく傷をつけることになりますが、それはしません。あと50年もすれば自然に亀裂が入ります。そしたら直してあげればいいのです。相手にあわせた判断が必要なのです。
■修復しにくいものや時代はあるのですか。
室瀬 みんなむずかしいんですが、経済的に安定していて、手間ひまが十分かけられた時代のものは、案外いたみが少ないんです。下ごしらえにたっぷり漆を使い、ボディも樹齢400年とか500年の木目の詰まったヒノキを十分乾燥させて使っている、なんていうのはいたみが少ない。それが許されない、たとえば天保の飢饉のころに作られたものなどは、コストを下げるために下ごしらえを手抜きして、漆を少ししか使っていない。木地もきちんと乾燥させてないから縮んだり捩じれたりする。そのため表面の漆に亀裂ができたり、めくれたり。動いてしまった木地は直しようがありません。時代は古くても、鎌倉時代のもののほうが江戸時代の終わりごろのものよりいたみが少ないことがあるんですね。いい仕事がしてあると、その部分だけ直せるのですが、手抜きしているものは、1か所直そうとすると、周辺にどんどん波及してしまうのです。
■どんなときに喜びを感じるのですか。
室瀬 平安時代のもので、傾けると上面のめくれている漆がサーッと流れ落ちるので動かせない、なんていうのもありました。そのめくれている漆を慎重に押さえて、やっと動かせるようにしたときなどは、「ああ、よかった」と思いました。漆工品の医者みたいなものですね。
- ■保存修復の仕事が、ご自分の創作活動に与える影響は?
室瀬 こんなにありがたいことはないです。鎌倉時代にこんな仕事をしていたんだ、ということが手に取るようにわかるわけですから。そういうことはいくら話で聞いても、触ってみなければわからないものなんです。その情報たるや、大変なものです。
■仕事の依頼が来てからの手順はどうなっているのですか。
室瀬 博物館や美術館から依頼が来ますね。そしたら科学的な分析をまず行います。上野の文化財研究所で、下地には何を使っているか、金具は鉄か、銅か、木地構造はどうなっているか、そういう科学データを集めます。そしてミーティングで修復方針を決めます。方針が決まれば、大きいものの場合はチームを組み、一人でできるものなら一人で修復作業に入ります。作業は写真などで記録を取りながら進めます。ですから分析、作業、記録が3本柱です。
- ■この仕事には美術的センスと職人的な手技とどちらが大切でしょう?
室瀬 手技はなければ困ります。しかし、その作品の美点がわからないと、美点を無視した直し方をしてしまうかもしれません。例えばつやを出しすぎれば、「品がなくなったね」といわれるし、掃除が足りなければ、「本当に直したの?」といわれてしまう。長持ちするように丈夫にすることも大切ですが、見た目も非常に大切なのです。ですから作家的な感性は絶対に必要ですね。
■人材の育成は順調に進んでいますか。
室瀬 特殊な世界ですから、専門家がいなくて、ぼくたち作家がやってきたわけです。でも、ここ4、5年ですかね、この仕事を専門にしてやっていこうという人が3〜4人ほど出てきました。文化財の保存修復とう仕事にもっと陽があたれば、やりたいという人がどんどん出てくると思うので、それを啓蒙することがぼくの仕事です。
■どうもありがとうございました。 |