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大西さん

漆は深い。
50年やってもまだわからん…
漆文化源流調査と作品製作に没頭する大西長利さん
(東京芸術大学名誉教授/ジャパンうるしネット理事)


「アジア漆文化圏」を提唱し、世界漆文化会議を創設した大西長利さんは、千葉県印旛村に漆工房「願船」を構え、製作に没頭する毎日だ。

漆の精神性を説く大西さんに存分に語っていただいた。



…大変すばらしいお宅ですね。静かだし、木が多い。竹もある。ここは普通の家だったのですか。


大西 普通の農家だったんですよ。家もいいが、周囲のロケーションがいいでしょう。大きな木は、何か人をやすらかにしてくれる。我孫子に自宅があるんですが、弟子たちとここで暮らしています。もう8年になりますか、ここで毎日、漆とは何かを考えてる。いくら考えてもわからない。だけど面白い。

…世界漆文化会議を創設された趣旨はどういうことだったのですか。いまどんな活動をしているのですか。

大西 年に2回は「願船セミナー」という形で講演やシンポジウムなどを開いています。中国、韓国、フランス、スペインなど世界に450人ぐらいの会員がいます。フランスなどは戦前、漆文化が非常に盛んだった時期があるんです。それからバルセロナには漆を教える専門学校もあります。ヨーロッパの場合は、食器というより装飾的なもの、壁面パネルとか装身具、壺などが中心ですがね。

願船漆工房

大きなざるのようなものは
籃胎(らんたい)でできたベトナムの船

漆というのは人間と深いかかわりをもって発展してきたものでしょう。こういう文化は国を越えて理解してもらえるという確信があるんです。それで、いろいろ呼びかけたわけです。 漆を通して、アジアの人たちが生活に求めた美とか造型とか精神性、 そういうものを見直そうと。

グローバルとかインターナショナルというけれど、世界共通のものさしで、「これがいちばん」と決めて、それを世界に広めることがインターナショナルじゃない。風土と人間が育んできたそれぞれの固有の文化を理解することが本当のインターナショナルなんです。そういう視点に立って、漆を世界に知らしめようということで始めたんです。

…今日、もうひとつおうかがいしたいと思ったのは、漆の源流を求めてアジア各国を精力的に調査なさっていますが、そういう研究者の面と、ものを作る作家としての面と、どうつながるのか興味があるのです。

大西 私は学者じゃないんで、フィールドワークをして、その結果を体系的にまとめることを主たる目的としてやってるわけじゃないんです。 たとえばチベットの人たちのもの作りを見ることで、フィールをいただきたい、マインド、スピリットといってもいいかな。それが第一ですね。私はね、チベットの人たちのもの作りが持っている素朴さ、これは今後漆が発展していく上で絶対に必要なものだと思っているんです。

日本の場合は、いろんな道具が工夫されていて、完璧な塗りになる。そうすると、完璧な塗りがなぜいいの かという疑問がわいてくるんですよ。きれいに塗ればいいっていうもんじゃないだろう、その前があるだろうと思うんです。ものと人間の深い関係が浮かび上がってこなくちゃいけないんですよ。

チベットの人たちは、部屋のいちばん大事なところに作り付けの立派な飾り棚を置いています。これが漆で彩色してある。生活のかなめに漆を活かしているんです。彼らはお椀を非常に大事にします。いつも懐に入れて持ち歩いている。仏教の信仰の厚いところだから、水を飲むのでも、懐からお椀を出して水を汲み、拝んでから飲む。また、彼らはお椀の漆を手で塗るんですよ。指で。これがいいんです。薄く塗れる。目的によってはヘラも刷毛も使いますが、基本的には指で塗る。

願船内に設けられた和室のギャラリー

要するに「手をかける」ということで、精神性が違いますね。それから私も手で塗るようにしたんです。指先の感覚というのは恐ろしいもので、目に見えないようなゴミもわかる。先端の細かいところなんかも、スーッと塗れる。道具に頼ると面白くないでしょ、やってても。五体を使うと面白いんだ。

…指で塗って、漆にかぶれたりしないのですか。

大西 これがうまくしたもので、最初はかぶれるけど、段々大丈夫になるんですね。塗りものは、やきものや金属のものと違って、あったかいでしょう。それは視覚的なものもあるけど、それだけじゃない。ものを作る姿勢にもかかわってくるんですね。

…そもそも漆に取り憑かれた理由は何ですか。

大西 なかなか、ひとくちではいえませんねえ。50年もやっててまだわからないのかといわれそうだけど、わかんないだよ 。深いんだよ。漆という素材の持つ不思議な魅力…、言葉がないねえ、そうとしかいいようがないねえ。だってね、構造式とかがわかっても、漆と同じものは作れないんですよ、いくら研究しても。

要するに樹木は生きているということなんです。漆の木は大地、太陽、空気、それからいろんな植物との連鎖があるでしょう、漆だけポツンと生きてるわけじゃないから。

大地の中には、草だの虫だのあらゆるものが入っている。その中から栄養を吸収、摂取して漆は成長していく。樹液というのは、いわば血液ですよね。だから同じものが作れない。どんな化学薬品にも変質しない、熱にも強い、人間には大変有用なもので、やっぱり不思議な魅力というしかないでしょう。

…蒔絵をやりたいとか、お椀を作りたいとか、具体的な理由があったわけではなかったということですか。

大西 漆を知りたいということですね。そして大学の2年のときに根来と出会います。熱海の美術館で開かれた日本で初めての本格的な根来の展覧会でした。
感動したというより、大きな力がドーンと迫ってきた感じでしたねえ。うなっちゃったです。漆の精神性を感じましたね。私の生命の根源と、漆の根源とが和合して、いかなる形ができるのか、以来それがテーマになりました。

…最近はどんなものをお作りになっていますか。

大西 黒と朱を主体に作っています。表面の装飾性にはあまり関心がないです。それをやると、私の根源が出なくなっちゃうから。私自身が表面的になっちゃうんです。指先とか目で、形を探ってる、空間の中でね。
本当はいつまでも作っていたいんです。でも、それだと形にならないでしょう。形にならなきゃ展覧会もできないし、人にも見てもらえない。仕方ないから決断して止める。決断するときっていうのは、あまり意味がないですね。

…基本は乾漆ですか。

大西 外国の展覧会に出品するには乾漆がいいですね。丈夫ですから、気温や湿度の急激な変化にも耐えられます。軽いから輸送も便利です。
ただね、私は生命と密接な形を作りたいだけで、それは実用的なものかもしれないし、鑑賞用のものかもしれない。それはわからないですね。結果です。私は何にもないものが作りたいんです。何もないけど、そこにある、というようなものを作りたい。

…最後に日本の漆の現状についてひとことお願いします。

大西 日本の漆の技術レベルは大変高い。ただ、技術というのはね、伝統によってつちかわれたもので、それは過去のものですよ。私たちは過去を見ると同時に未来も見なくちゃいけない。過去は見えるけど、未来は見えないから、勇気がいります。チャレンジがないとダメ。チャレンジは大けがするかもしれない。しかし、時代はもう動いているのだから、トライしなきゃダメ です。それをしないのが、日本の漆の現状です。過去のものすごい財産を持っている。それが人を臆病にしてるんですね。

漆というのはすばらしいものです。無限の魅力を持っている。これは絶対間違いない。それを一般の人に知らしめていない。漆は日本の文化だぐらいに思っている。でも、そんな程度じゃだめなんです。身の回りにこんなにすばらしいものがあるのに、他に目がいってる。まあ、漆だけの問題じゃないんですがね。

…長時間、ありがとうございます。

インタビュアー 岡崎 保 okazaki@japan-urushi.net


大西長利(おおにし・ながとし)さんのプロフィール
1933年 山口県下関市に生まれる
1959年 東京芸術大学漆芸科卒業。翌年から漆芸科研究室で松田権六、六角大壌に師事、根来塗り研究に取り組む
1980年 文部省研究員としてイギリスに留学
1984年 この年からライフフワークとなるアジア漆文化源流調査を開始。中国、韓国、ベトナム、ミャンマー、タイ、チベットなどを歴訪する
1986年 個展「大西長利漆芸展」
1989年 東京芸術大学 教授
1991年 個展「大西長利漆空間展」
1992年 世界漆文化会議創設。議長に就任
1999年 個展「San Diego International Mingei Museum」
2000年 個展「大西長利の世界展」
2001年 東京芸術大学 退官され名誉教授となる
個展「大西長利退官記念展」東京芸術大学美術館

● 願船漆工房 TEL&FAX 0476-99-0739 E-Mail:gansen@joy.ocn.ne.jp

大西さんの作品から
乾漆 朱の器「空」
乾漆 黒茶椀
乾漆 漆茶椀
乾漆 朱の器
根来茶椀
乾漆 黒の丸箱

大西さんの著作から

『漆 うるわしのアジア』

漆に興味がある人には必読書だろう。漆文化の源流を求めて、チベットの秘境へ、雲南の山の中へ、四川省の少数民族の街へ、そしてアジア各地を巡り、そこで出会った漆器の印象や来歴を述べる。日本の漆の歴史にも筆は及び、その時代に盛んだった技法も解説される。なるほど、読み終わると壮大なアジア漆文化圏が浮かび上がってくる本だ。漆を切り口とした文化人類学の労作といえるが、学術書と一線を画すのは、大西さんの漆に対する熱い思いである。
真言密教と漆の関係の指摘は重要である。きちんと研究されなければならないだろう。また、箸の文化圏、米食文化圏が漆の文化圏と重なるという指摘も、考えさせられる。にもかかわらず、日本人は明治以降、ご飯は椀でなく、やきものの茶碗で食べるようになってしまったのだ。
私たちが漆を生活の中に取り戻すことができるかどうかは、極端にいえば日本の未来を決める、そんな気になる本である。

(ISBN 4-87269-004-4 NECクリエイティブ刊 2700円)


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