■型通りで恐縮ですが、今回の個展のテーマからうかがいます。
鈴木 ここにある器に料理をのせて食べてほしい、この盃で酒をのんでほしい、ということに尽きます。器の役目は、人の心を豊かにし、食べることを楽
しくすることです。ぼくは、いい加減に作られたお膳なんかを見るとイライラします。漆ってもっといいものなんだよ、と知らせていくのがぼくの仕事だと思っています。
■料理から器を発想することもあるのですか?
鈴木 外に食べに行きますね。そうすると、この料理だったら、ぼくならこういう器を作るのにな、と思ってしまう。もうちょっと酒のみのための盃があってもいいのちゃうか、とかね。その結果がここにある器ですよ。
■鈴木さんの器は、たわんでいたり楕円であったりするのが特長ですが、なぜ丸ではなく、たわんだ形になるのですか?
鈴木 何千という作品を作ってきて、その中から生まれた形なんです。決して偶然の思いつきでできたものではありません。たとえば、いま洗濯機はみんな全自動でしょう。でもいきなり全自動になったわけじゃない。最初は絞るのは手で絞ってた。そのうち2槽式になって、いま全自動になった。それと同じで、若いときは角張ったものも、丸いものもやりました。
■作るとこういう形になってしまうのですか?
鈴木 丸よりはこのほうが落ちつきますよ。まあ、好きとしかいいようがないですね。たとえばこの盃、手の中にすっぽり入ってなじむでしょう。酒をのむのにちょうどいい。これが丸かったらしつこいですよ。
■薄く、薄く作るのはどうしてですか?
鈴木 普通の人は気がつかないことですが、ぼくの漆は器の中心から縁までが同じ厚さなんです。それが分厚かったら品がないでしょう。それから持ってもらえばわかりますが、軽いんです。だから料理を盛ると、ちょうどいい重さになります。
■ものすごく大きい作品もあれば、小さい作品もありますね。
鈴木 大きさは木次第です。たとえばこの大きいお膳は、木を輪切りにして取ってるんじゃないんですよ。縦に、木の中心をはずして取るんです。だから、お膳を2センチ短くしようとすると、20〜30年分の年輪を取り去ることになります。それは木に対して悪いですよ。
■木を縦に取ると割れやすくないですか?
鈴木 ですから木の中心をはずします。また、ぼくの場合は木が狂う力がなくなるまで、漆で分厚く固めますから大丈夫です。
- ■中の木を取ってしまうこともあるそうですね。
鈴木 薄い木地に漆を吸い込ませると、ボール紙が水を吸ったみたいに凸凹になるんです。それに漆を塗ろうとすると、凸凹のいちばん高いところに合わせて塗らなければならない。それではこの厚み、つまり薄さが出ません。そういう場合は木を取ってしまいます。こういう方法は誰に教えてもらったわけではなく、自分で編み出してきたことです。ぼくが編み出した方法をもうひとつ紹介しましょう。自分では「輪つなぎ」と呼んでいますが、輪花を作る方法です。まずろくろで丸く挽いた木地を4等分に切り離します。これを3つ作る
と、3×4で12枚の花弁ができます。この12枚から6弁の輪花を2つ作るのです。漆のいいところは、6枚をつなぎ合わせて布を貼り、あとは漆を塗っていけば、つなぎ目のないひとつの作品に見えるというところです。
■中国の宋の時代の器がお好きだとききましたが。
鈴木 中国の文化が好きになったことはラッキーでした。腕を見せようと思えば、加飾がやりたくなるのが普通です。ところがぼくの場合は特に青銅器が好きになったんです。青銅器は大変難しい技術を要求される仕事ですが、形は自由。あれだけいろいろな模様が施されているのに、いやらしさがまったくない。あれは加飾じゃないんです。ぼくの仕事に影響しているといえば、もうひとつ、京都に生まれ育ったことも大きいでしょうね。「はんなり」しているか
どうかが、ぼくにとってはものすごく大切なことです。
■今後はどんなお仕事を目指されますか?
鈴木 ぼくはいつも精一杯でね(笑)。5年前にはこのお膳は考えられなかったし、10年前には、この片口は考えられなかった。だから5年後、10年後はわかりません。とにかく漆の温かさを知り、漆に対して謙虚になることです。それは頭とか腕じゃなくて、感性ですよ。結局、ぼくの仕事はアートなんです。
文化の仕事はいいものはちゃんと残ります。紀元前のものでも残っている。そういうものの仲間入りができるようなものを作りたいものですね。
■どうもありがとうございました。
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