・・・どうしてこういう会社を始めたのですか。
渡邉 最初は修理がしたくて始めたのです。なぜ修理かというと、修理は漆にしかない特色だと思うんです。やきものは割れてしまえばそれっきりですから。それともう一つは、その時代に合わせて変えられる、それも漆にしかないことですね。
・・・時代に合わせて変えるということは、修理とは元どおりの形に復元することではないんですね。
渡邉 たとえば自分の生活を考えても、子どもが小さかったときの食卓と、大人だけになったときの食卓では、雰囲気を変えたくなりますよね。だから、何十年も同じ色で、何十年も同じ蒔絵がついていたのでは、逆に不都合が起きる。それぐらい、いまは時代の流れが早いということだと思うんです。いかに元どおりに直すか以外に、いまの生活に合わせて使いやすくするために塗り変えていく、そういうことがしたくて始めたんです。
・・・文化財の修復に携わっている方は何人かいらっしゃいますが、日常の漆器の修理をしたいというのは珍しいですね。
渡邉 文化財を修復して美術館に長く残すことも大事だと思いますが、私は個々の生活の中に残したいんです。じゃあ、どうすれば生活に残せるかを考えると、昔は昔でよかったけど、こうすればいまも使えるね、というふうにしないと、どんどん狭まっていくと思うんです。
・・・ホームページを拝見しましたが、Duco の創業はいつですか?
渡邉 建築塗装の創設が1979年です。「NADESYCCO(なでしこ)」の創設が1988年です。
・・・「NADESYCCO(なでしこ)」というのは?
渡邉 それは漆工房の名前です。要するに「なでるがごとく漆工する=なで漆工」という意味でつけたのですが、一人の力では限度があるのでそれではもういけないので、Duco
にしました。Duco は「導く」「もたらす」「つくり出す」という意味のラテン語です。
・・・もうそれではいけない?
渡邉 夜中、こっそり起きて、楽しみながら修理をやっていたんですが、7、8年前から、一人で作っていればいいという状況ではないと思い始めたんです。というのは、気がつかない間に、漆や材料、道具を作る職人さんがどんどんいなくなっていたのです。仕事が減れば、材料だって道具だってなくなります。これはどうにかしないといけない、漆全体のことを考えて横のつながりを持たなければいけないと思い、いろいろな産地に行って、アンケート調査を依頼したりしたのですが、なかなか協力してもらえなくて・・。
・・・なぜですか。
渡邉 その産地に、どういう技術を持っている人が何人いるか、どういう材料を使っている人が何人いるか、そういうことを調べようとすると、予算がなかったり時間がなかったり、意味を感じなかったり、表に出したくないこともあったりで、結局うやむやになるのです。
この前、お椀を一つ作るのに、何人の手がかかっているか数えてみたんです。材料を含めますと18人です。18人で作り続けるにはある程度以上ものが回転しなければなりません。作るお椀の数が減れば職人さんが減って、18人で作っていたものを10人で作らないといけないとすると、隣の人の技術を覚えなければならない。ところが全体が把握し切れていないのでその技術も伝わっていない。組織立って考える必要があると思い始めたわけです。
- ・・・現在、Duco ではどんな仕事をしていますか。
渡邉 大きな会社なら、修理なら修理だけでやっていけるのでしょうが、力がないので二本足でも倒れる。そこで三脚のように三本足で立とうと考えたんです。それが修理、製品の展示・販売、そして講習会です。最近、頻繁に頼まれるのが、漆を扱ったことがない方に、漆の扱い方や1、2時間でできる簡単な蒔絵の方法とかの講習会です。それから、職人さんを育てたいので、その講習会も9月から募集を始めようと思っています。現在、仕事と教育とが分離して考えられています。職人さんを養成する学校があったとしても、育てっぱなしで仕事がなかったり、せっかく技術を身につけても他の道に進んだりして結局うまくいかないですねえ。職人さんを育てながら、仕事とつながるように何とか回転できるのではないかと考えているんです。
・・・6月に開いた「工程とちゅう途中展」は、制作途中の作品を展示して、そのままでも使えるし、あるいはお客さまと相談しながら完成させていくという提案もしていて、作り手と使い手をつなぐ催しとして評判でしたね。実演講習会もありましたし。
渡邉 「とちゅう途中展」は最初に東京、次に京都、もう一回東京と計3回開いたのですが、それぞれ面白い結果になりました。場所柄というより作り手なのか、使い手なのかによって、選び方も変わってきます。はじめは作り手のために企画していたのですが、実際に行っている内に使い手の為のものであることに気がつきました。「とちゅう展」の意味はもう一つあって、ほとんどの人は完成したものしか見たことがないんです。だから、完成したものを自分の生活に取り入れることはできても、自分の生活に合わせて漆器を作るという発想に慣れていない。一般の方を、作っている途中からお付き合い頂いて、工程途中に慣れていただく。そうすれば、こういう生活をしたいから、こういうものを作ってほしいというオーダーも気軽にできるようになるのではないか、ということも考えましたね。
・・・完成品をデパートから買ってくるだけではダメだと。
渡邉 それでは人の感性は組み合わせの中でしか創造できなくなります。
・・・今度は渡邉さんご自身のことを少し聞かせてください。
渡邉 実はそれで困っているんですが、プロフィールとか載るんですよね、年齢とか(笑い)。
・・・いや、必ずしもこだわりません。もともと、漆の世界に入ったきっかけは?
渡邉 忘れました、じゃあ記事になりせんよね(笑い)。
・・・内緒ですか。
渡邉 内緒じゃなくて、ほんとうに忘れちゃった(笑い)。気がついたら好きになってました。高校の頃、産地をまわったりしてました。親に、卒業したら漆の仕事をしたいといったら、ちょっと待ちなさい、大学へ入って結婚したほうがいいと。
・・・たいがいの親はそういうと思います。
渡邉 そうですよねえ(笑い)。私、帰国子女なんです。4歳から10歳までメキシコで育ったんです。小学校5年で帰ってきて、日本語が全然話せなかったので、4年に編入になったんです。それで、帰ってきたときは、スペイン語を話すと仲間外れになるので、絶対
スペイン語を話さないようにしてたら、3カ月でスペイン語を忘れてしまいました。
だから、スペイン語をしゃべっちゃいけないと思うから、中学も高校も自分が真っ二つになったような感覚なんですよ。こういうのは気持ち悪い、自分を一つにしたいと思って、大学でもう一度スペイン語をやったんです。そうしたら、1カ月で全部思い出しましたね。卒業する頃は、通訳もできるくらい思い出していたので、漆をやるか、スペイン語を活かすか、それを決めるためにスペインに旅行に行きました、一人で。
・・・メキシコではなくスペインに?
渡邉 スペイン系の大学だったのでね。ところが体質に合わないんですよ、スペインが。みんな自分の国にプライドを持っていて、日本の文化は何なのかとか、あなたは日本人なんでしょう、とか聞いてくるんです。そのときに、ああ、私はやっぱり日本人だと思って、帰国して父親に漆のことをいったら、もちろん猛反対ですよ。仕方がないのでお勤めしてお金を貯めて、それから好きなことをやろうと思って、銀行に入ったのです。
・・・いわゆるOLですか。
渡邉 そうです。スペイン語ができたので、外国営業部というところに配属になって、輸出とか輸入の書類を読んだりするんです。銀行って、その日預かったお金は、全部その日のうちに運用にまわさないといけない。そうしないと利子が入らないでしょう。一日、一生懸命働いても、帰るときにはゼロにしなくちゃいけない。机の上のものだって、帰るときは全部金庫に入れますから、電話しか残らない。虚しいんですよ。それで体調を崩してしまいました。
・・・蓄積が何もないんですね。
渡邉 ないんです。でも、5年間勤めて資金を貯めました。それで銀行をやめて、修理を教えてくれる職人さんを探して産地をまわったんです。長野の平沢、輪島、山中の別所町、結局、拾ってくれたのが福井の河和田の大久保隆三さんで、塗り立てを2年間習いました。そうこうするうちにお金もだいぶ減ってきたので、とにかく場所(店)だけを確保して修理を始めました。
・・・始めるといっても注文はあったのですか。
渡邉 3カ月かけて400 軒まわりましたが、取れた注文は弁当箱一個でした。
・・・知り合いの人とかに頼まなかったのですか。
渡邉 それはしませんでした。お情けで一回仕事をもらっても、私のためにはなりませんから。いま、修理の注文は700
件あります。だんだん仕事が増えて、全国から修理の仕事が来ると、いろんな塗りのものがあって、チンプンカンプンになってきたんです。そこでもう一度勉強し直そうと思って、30歳になって大学受験しました。そして一年聴講生として通いながら勉強し、受験しました。職業能力開発大学校というところに入りました。私は夢中になるタイプなので、昼は修理の仕事をし、夜は受験勉強で休む暇もない。それで栄養失調になってしまって、このとき初めて漆にかぶれました。目も指で押し上げないと開けないぐらいのひどいかぶれでした。
・・・修理の仕事で失敗したことはないですか。
渡邉 あります、あります。ウデとか技術って、何だと思いますか。きれいに仕上げることがウデだと、みなさんいいます。でも私は、どんな失敗をしても、元の線まで戻せることがウデだと思います。ゴルフに例えると、確実にフェアウェイに打てる人が早くホールまでたどり着けますよね。でも、ラフやバンカーに打ち込んだとき、そこからいかに抜け出すか、それが修理のウデだと思っているんです。ただし、これは誰の目にもとまらない。すばらしい蒔絵が描いてあれば、その技術は誰の目にもとまりますが、修理の技術は、いろんな目にあいながら、それでも収まるところにちゃんと収めるというものだけに、わからないでしょうね。
・・・今後のDuco の抱負を聞かせてください。
渡邉いま日本には、人間国宝とか偉い作家の作った値段の高いものと、反対に、中国産の一個何百円で売られているようなもの、これはたくさんあるのです。ところが、ちゃんとした職人が作った上質なものが異常に少ないんです。この部分をなんとか回転させたい。いま、いくつかのブランドを作ろうとしています。本堅地がどうの砥の粉下地がどうのといわれても普通の人はわからないと思うので、このブランドはこれぐらいの品質というのがわかるようになればと思うのです。「Rhus 」というブランドは、現代の生活様式に合わせて、木以外のステンレスやガラスなどに漆を塗った洋風な生活にも合うブランドです。従来取り扱っていた商品を「廠」(しょう)というブランドにし、「結」(ゆい)というブランドは、養成コースを終わった職人や、当社の考えに賛同してくださる若手の個々の作品として発表するものです。いずれのブランドも伝統工芸としての品質を確保します。
「Rhus 」はすでに販売していますが、あとの二つはこれからです。いまは、スタッフとこれからどういうことをやろうかと話すときがいちばん楽しいですね。
・・・どうもありがとうございます。がんばってください。
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Rhusの作品
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Rhusの作品
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Rhusの作品
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修復の重箱
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修復後の重箱
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修復前の器
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修復前の器
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修復後の器
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修復前の器
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修復後の器
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| (注)回転風呂 |
漆を乾かす戸棚のことを「風呂」という。塗り立て(塗りっぱなしで研がない)という技法では、乾燥させるときに漆がたれると平らな面にならないので、それをどう防ぐかが重要になる。そこで考案されたのが回転風呂である。棚を回転させて、漆のタレを防止する。いまは電気で回転させるが、昔は20〜30分に一度、手で回していた。手回しだとホコリが付くこともある。
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Duco
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株式会社Duco
所在地 〒194-0042
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TEL/FAX 042-724-6623(木・日 定休)
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