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2004.1.16




研出根来輪華盤
2003年の12月12日から12月18日まで、東京・南青山のギャラリー「酉福」で佐藤阡朗さんの個展が開かれた。さらに13日には「酉福開店10周年記念」として、佐藤さんのギャラリートークが、酉福の隣に新設された「真ギャラリー」で行われた。佐藤さんは30人ほどの聴衆を前に、師との出会い、徒弟時代、なぜフルートを始めたか、漆への思い、そして工芸がいま担わなければならない役割などについて、約1時間半にわたり熱く語った。聞き手の想像力を刺激する独特の抑揚や間合いを文章でお伝えするのは困難だが、漆や工芸、ひいては日本に対する佐藤さんの危機意識と、まだ立ち直る可能性はあるという力強いメッセージの一端をご紹介したい。


根来面取小壷

鏡朱高台盛器
 (佐藤さんはまずギャラリーへの感謝を述べた後、次のように話し始めた)

●徒弟時代
 私が作っているものは非常に日本的なもので、しかも長い歴史のある分野の仕事をしているわけですから、こういう(現代的な)雰囲気のギャラリーには合わないかもしれないという気持ちもあったんです。でも、こうして見てみると、そうでもないなという気がします。なぜなんだろうと考えてみると、私の器はほとんど無地だから、違和感なく飾れたのかなと思います。これが輪島の蒔絵、花鳥風月が描いてあるような作品だと、ちょっと合わなくなるかもしれませんね。 

 今日は大上段に振りかぶって「地球ルネッサンス」という題でお話させていただきます。私などが地球のことを心配してどうなるものでもないことは承知していますが、こればかりは自分の持って生まれた性格で、変えようがありません。 私は松田権六先生の紹介で呉藤友乗先生に入門しましたが、そのときはまだ学生でした。学生をやりながら徒弟時代に入ったわけで、妙な関係でした。呉藤先生は実に面白い先生で、16人のお弟子さんを次々に育てていった方です。その頃の徒弟というものは、叩いて教える、そういう時代でした。ところが16番目の弟子である私は一度も叱られたことがない。一回も叩かれたことがない。だから、他の兄弟子たちが先生に文句をいいましてね、「私たちは殴られて教えられたのに、佐藤君にはどうして黒板や床に丁寧に書いて教えるのですか」と。そのとき先生は「人を見て、人は育てるもんだ」とおっしゃった。私は困ってしまいましてねえ。私は殴られなくていい人間なのかと、ちらっと思ったことを覚えています。

 漆の仕事というのは広大な世界です。7000年ぐらい前まで逆上ることができる、とてつもない世界です。まだ漆のことを何も知らない時期に、専門書などを読んでいくと、あまりの広さに、こういう技術を全部身につけるのは、無理な話なのかもしれないと、何度も思いました。松田先生にも、あきらめたほうがいいといわれました。一つの人生では無理だと。たしかにそうなのです。漆の技術は多岐にわたっていて、たとえば蒔絵、沈金、きゅう漆、いろいろな技法がある。漆を塗る素地、ボディーにしても全部違う。木、布、紙、陶器、竹、皮、さまざまです。木とひとことでいっても、ろくろ、指し物、曲げ物があるし、木取りによってまた違ってくる。どれひとつをとっても、何代もかかって完成させていく技なのです。 でも私は、漆を総合的に勉強したかったのです。会津で勉強すれば、会津で食べていける技術を学ぶことになる、輪島で勉強すれば、その事業所の得意な技を身につけ、輪島でやっていける範囲の技術を学ぶことになります。でも私は、そういう勉強をしたいとは思わなかった。松田先生に初めから無理といわれると、私も若かったから、ムラムラと反抗心がわきました。こうして私は、夜中の2時に寝て、朝は6時に起き、トイレの中でもデザインを考えるという殺人的な修業時代を過ごすことになるのです。 



栗溜塗面取菓子器

平筋漆絵小皿〈五客組)

●漆は地球を救う
 私の先生ともいえる方で『日本漆工の研究』という本を書いた沢口滋さんから、あるとき、「人間がある程度集落を作って、集団で生活しはじめたのは、いまからどのぐらい前だと思う」と聞かれたことがあります。年でいうと約2500年前ですが、代で数えると、1代30年ですから、だいたい800代ぐらいのものです。沢口さんがいうには、800代のうちの796代までは、人間と自然のバランスはなんとか保ってきた。ところが、たった4代でおかしくなった、そういうことだよ、と沢口さんはいってました。 人間は万物の霊長なんだと孔子はいいました。ものごとを創造したり考えたりできるすぐれた生き物なんだと。

 でも私は、ほんとにそうかなあと最近思うんです。万物の霊長がこんなに愚かであっていいんだろうかと。 ただ、自然と人間ということでいえば、漆は、何の燃料も使わず、ボディーをいつまでも美しく、衛生的に、軽く、暮らしの中で生きた状態に保ちます。メンテナンスをすればこんなに長く楽しめる器を、公害なしに作れるのです。地球上のあらゆるものに塗ることができ、それを使いこなす作業をしていけるものが他にあるでしょうか。そう考えると、ひょっとすると漆の世界というのは、地球を救う世界なのかなと思うんです。だから私は、どういうものを作るかより、そういうところ(漆の世界)に立っている自分を大事にしたいという気がします。最近、特にそういうことを感じるのです。


●デザインとは何か
 松田先生と終生意見が一致しないことがひとつありました。先生は私に「きみはどうして職人を目指すんだ」と聞くんです。つまり、なぜ、もう少し上を目指さないのかということでしょう。そこで私は答えました。人の暮らしがものをたしかなものにすると。人の暮らしに供するものこそ、いちばんものをたしかにする原点だと。一般の人たちが、一般の家庭の中で使っていくことを出発点にしたものを作りたいから、職人でなければいけない。特殊な人が桐箱に入れてしまっておくようなものから出発すると、どうしても地面を失ってしまう。私は職人として、早さと、正確さと、美しさを追い求めていきたい、そう答えたんです。そしたら先生は「皇族も大衆だ」というのです。私は即座に「違う」といいました。先生は「いや、そうだ」という。私はいまでも天皇陛下を大衆だとは思っていません。 

 このように、私は生活の道具を作るという立場を鮮明にしていましたが、しかし、だからといって「民芸」の立場に立って考えたことはなかったんです。巷でいわれている民芸は違うんじゃないかと思っていたんです。 ただ、柳宗悦の本は繰り返し読みました。そして「ものを作るのに間違いないことは、普通のものを作ることだ」というところに何回も立ち止まりました。私の性格としては「普通のもの」とは何かを自分なりにきちんと理解していないと気がすまない。「普遍的で、洋の東西や時代を超えて普遍的に通るもの」が「普通」ですね。その上で柳は「本来ならば、使い手が、使う現場でデザインができ上がっていくのがいちばん正しい方法なんだけども、この時代、ものを作る人が、ものをデザインしたり、創造しなければいけなくなっている。これはほんとうに不健康な話です」という意味のことを書いています。 私がものを作りながら、ああでもないこうでもないと考えたことと同じようなことを、ものを作らない柳がどうして「健康」という言葉で提示できたのか、びっくりしました。柳がいったことは、間違いを最小限にするための指針だったような気がします。 


朱からすうり

 しかし、こうなると俄然「デザインとは何か」が気になります。デザインとは元来どういう意味だったか調べはじめる、これが私の悪い癖です。 サイン(Sign)というのは、監督がバッターに、あるいはキャッチャーがピッチャーに出したりしますが、あれは全部意思の発露なんです。意思がなければ自分の思いを伝えられないわけですから。頭のデ(De)はその確定を意味します。要するにデザインとは、単にものの形を作るだけではなく、自分のものを作る意思の発露が明確でなければ、デザインとはいわないのです。デザインの意味がわかりました。そこで自分に「お前はデザインができるのか」と問いただします。自信がないんです。図形を考えたり、絵を描いたりするのがデザインだと思っていましたから。

 意匠という言葉がありましたね。デザインという言葉が一般的になる前に使われていた言葉です。意匠の意という文字がなぜ使われているか、それを考えても明らかなのですが、デザインとは、変わった形のものを作るとか、人をあっといわせるようなものを作るのとは違うんじゃないかと、私は思いはじめます。そして、それを決定的にする出来事が、40歳を過ぎたころ、あったのです。 私のおカミさんは長野の上田の出身で、実家にリンゴの収穫の手伝いに行くのに同行したのです。リンゴがたわわに実って、鈴なりになっています。よくもこんなにぶら下がっていられるなあ、そう思いながら、ひとつのリンゴをもぎ取ろうとした瞬間でした。何ともいいようのない、ゾゾーッとするような感覚に襲われたんです。「これこそがものだ」というか、もう、どうしていいかわからないんです。おカミさんに「リンゴもぎ、中止」といって、車の中にリンゴを持ち込み、ずうっと見ていました。 

 そのときに思ったのは、「形というのはエネルギーだ」ということです。山の稜線は、何のエネルギーかはわからないけれど、エネルギーとエネルギーがせめぎ合っている線なんです。海の波は、エネルギーがスパークしている線なんです。空気と空気圧と水の、あるいは引力との関係で、地球の自転でできていく形なんです。リンゴの形は、将来、種を残すための細胞の増殖反応によってできるエネルギーの、そのある瞬間の形なんだと。だから、形があってできるんではなくて、エネルギーの動きがあってはじめて、その形があるんです。形を無理に作ろうとすると、怪しいものができてしまう。そういうことがわかったのです。


●便利さは、人を無能にする
 昔、白井晟一という建築家に、こんな話を聞いたことがあります。「建築というものは、そこに住む人を快適にしてはいけない。そこに住む人が便利であるような建築は、建築とはいわない。建築は人を鍛えなければいけない」 便利なものを作ることは、人を無能にする作業に手を貸すことです。私は工芸も便利であってはならないと思うんです。着物を畳むこともできない人は、着物を着てはいけないんです。着物を始末する、始末というのは人の教育には大事な要素だと思うんです。ものを使うということはサイクルで人を育てることです。使っているときだけが使っているのではなく、しまうことも、準備をすることも楽しみでなくてはならない。

 イギリスに行ったときのことです。食器屋さんに新婚さんが入ってきて、1ダースのナイフ・フォーク・スプーンを買いました。父や母が毎日きれいに磨いて、自分の顔を写して楽しんでいる、自分たちもそんなふうに楽しんでいきたいといっていました。いったい、日本の新婚夫婦は、ものを買うとき、そんな始末のことを考えるでしょうか。 私は工芸には、そういう役割が大きくあると思っている。そういう仕事に携われることを、ほんとうに幸せだと思います。そういうことを思って買ってくれる人が増えたら、この国はきっとすばらしい国になる。それは必ず地球を救うだろうと思うのです。

 ルネッサンスは機械的に文芸復興と訳されるけれど、実は基本に帰れという意味だろうと思います。ですから、人の基本に帰り、自然に畏敬の念をもって生きていかなければ、人の未来はおそらくないでしょう。ノアの方舟はもう来ているかもしれないけれど、万物の霊長なら、もう少し賢く生きたいなという気がしますね。



真塗端反吸物椀

耳盃

 ☆「酉福」のホームページにもっと詳しいヴァージョンが採録されています。ここではそちらの補足の意味をかね、内容の重複を意識的に少なくするよう編集しました。また、「うるしのひとインタヴュー」のバックナンバーにも佐藤さんのインタビューが入っています。併せてお読みください。

文と写真: 岡崎 保 


佐藤さん自筆年譜「道程の譜」
1942年  青森県八戸市に生まれる
1963年 多摩美術大学彫刻科入学・67年卒業
1965年 松田権六先生に導かれ呉藤友乗先生へ入門
1966年 石川県伝統工芸養成研修講座にて3年(3期)にわたって加飾を
学ぶ
1968年 明漆会へ初参加。以来25年間
1970年 輪島研修を経て木曽平沢へ
1972年 工房を造って独立、以後東京を中心に全国で個展を重ねる
1991年 日本民芸館展 審査員歴任
1993年 株式会社 漆工芸 創元舎を設立
1994年 木曽暮らしの工芸館顧問(〜95年)
1995年 Victoria and Albert 美術館に収蔵される
国立近代美術館「塗りの系譜」招待出品
ミュンヘン ギャラリーフレットヤーン 個展
1996年 長野県技術アドバイザーに委嘱歴任(〜98年)
1998年 世界漆芸交流展台湾へ招待出品及び講演
2000年 国立近代美術館「うつわをみる」展 招待出品



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