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新宿住友ビル(通称「三角ビル」)4階の教室は広くて明るい。13人の生徒さんが、自分の作品に一心不乱に取り組んでいる。といってもピーンと緊張感が張り詰めているというのではない。雰囲気はあくまでもなごやか。みんな楽しいことをやっているのだなあとすぐわかる。
もう15年も通っている人もいれば、今年の4月に入った人もいる。生徒さんの技量や経験はバラバラだ。一斉に同じことを始めれば教えるほうは効率的だが、それでは長くやっている人がつまらない。先生が一人一人のレベルに合わせて指導していく方式がとられている。
当然だが、まったく未経験で入ってくる人がほとんどである。入学してまずやるのは教材を決めること。最初はなるべく平らなもの、お盆などが無難だが、自分が塗りたいものを選ぶことができる。
そして松田先生が作った工程表がわたされる。これには30以上の塗りの工程やそれぞれに必要な道具、仕事のポイントなどが書いてある。これに沿って、多分1年がかりぐらいで、最初の作品を完成させていくことになる。
漆とはどういうものか、塗りの体験を通して理解してもらう過程といっていいだろう。そして慣れてくれば、いくつかの作品を並行して製作したり、教材以外のものを作ることも自由だ。
漆を塗るのは地味な作業である。いったいどんなところに魅力を感じたのか、生徒さんたちに聞いてみた。
- 箱物を作っている志村裕子さんは、始めて9年というからベテランである。

志村裕子さん |
「漆は見るのが大好きで、でも、自分でやれるなんて思ってもいなかったんです。この教室があると聞いて、じゃあ、やってみようかと。
そしてやってみると、一つ作るのに時間はかかるし苦労も多い。でも、簡単じゃないから面白いんです。
私は乾漆と箱物をやっていますが、箱物はできあがると加飾したくなり、午後の教室にも通って、蒔絵もやっています。
目が見えなくなるとか、手が動かなくなるとかしないかぎり、多分、一生続けると思います」
- 志村さんは家でもやっているという。どのぐらいやっているのですかと聞くと、
「それいうとバレちゃうんでいいたくないんだけど、アッハッハッハ。まあ、週に3、4日ですね」
- 漆漬けの生活らしい。
岡綾子さんは今年の4月から始めたという、この教室でもっとも新しい生徒さんだ。

岡綾子さん |
「日本の伝統工芸にふれてみたかったんです。以前、陶芸をやってましたが、あまりピンとこなかった。
でも漆は面白いです。少しずつ少しずつ完成していくところが面白いですね。
だから、かぶれながらやってます」
- そういえば岡さんは透明の手袋をしている。
もともと木工が好きだった富永武さんは、仕事で2年間名古屋で生活し、漆に興味をもったという。

富永武さん |
「名古屋は木曽とか飛騨が近く、木工が盛んなところです。それでよく見にいってましたが、いいなあと思うものはみんな漆が塗ってあるんです。
で、今年の1月から、こちらにお世話になっていますが、やってみると奥が深いですね。まだ1作目の中塗のところですが、たとえば、どの程度研いだらいいのかわからない。ほら、ここ残ってるでしょう。平らに研がないとこうなる。どこかに力が入ってるんですね。でもこれを研ぐと下地が出てきたりする。
だから、その都度先生に聞きながらやってます」
- 富永さんは自作の拭き漆の木の皿も並行して作っている。
この教室で2番目に長いという森淑子さんは、何か白いものを研いでいる。

森淑子さん |
「これは乾漆の石膏の型です。乾漆は2作目ですけど、これは蓋がつくんです。お菓子を入れてもいいし、お料理を盛ってもいい。
私は使いたいから作るんです。ラーメンも漆器で食べます。傷なんかあまり心配しないで、どんどん使います。もう使える時間も少ないから、いまのうちに使っておかないと、ハッハッハ・・。
私は二人の先生に教えてもらいましたが、どちらもいい先生で、お友だちもいい人ばかり。だから、長続きしています」
- 松田先生は、大学で最初に教わったときのことを思い出しながら教えているという。

志村さんに指導する松田先生(右) |
「私たちはこうしようと思えば、そういうふうに体が動きます。でも、生徒さんたちはそうじゃない。
だから、最初の、自分が何もわからなかったときのことを思い出しながら教えているつもりです。すぐ忘れちゃうんですけどね」
松田先生はまた、カルチャーセンターのようなところを媒介に、日本の伝統的な技術が残っていくのではないかともいう。
「昔ながらの丁寧な仕事をしていては、産業としては成り立たない、生活できないということがあり得ます。
その点、こういうカルチャーセンターの生徒さんには、漆に対する興味も、時間も、資材もたっぷりある。こういうところで日本の伝統的な技術は残っていくかもしれないと思っているのです。
漆は何しろ奥が深い。やればやるほど目が肥えてきて、知れば知るほど深くなる。もう泥沼にはまるようなものです。一生抜け出せません、ウフフフ・・」
文: 岡崎 保
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