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うるしの学校

「昼食がおいしい漆教室」

 今回の「うるしの学校」は、これまで取り上げた学校とは一味も二味も違う、異色の蒔絵教室である。教えるのは小林宮子先生。小林先生は47歳から漆を始めたそうで、そのこと自体、すでに異色といっていい。場所が田園調布の閑静な住宅街というのも、カルチャーセンターなどとは趣がだいぶ違う。さらに、授業時間は朝10時から夕方5時まで。つまり、まる一日である。そうなれば当然昼食をどうするかという問題が浮上するが、この教室では昼食が食べられるのである。しかも、タダ。いったいどうなっているのだろう。個人教室の魅力を存分に生かした個性的な漆教室をご紹介しよう。


小林宮子先生

 教室そのものは小林先生の自宅に建て増しして作ったもので、通りに面して入口があり、そこには「漆、蒔絵教室へ入会のお誘い」という貼り紙がしてある。ちょっと引用してみよう。

「我が日本国に代表する工芸として漆工芸があります。漆工芸の教室は東京には余り多くありませんが、ご自分の愛用品とか、お友達への手作りのプレゼントを作るとか、我が子の結婚する時に持参させるお道具作りなど(お椀、お重箱、筆箱)、またはアクセサリー等々、愛情をこめて楽しく作ってみませんか。奥が深い作業なので基本科として2年は必要です。尚、ご希望であればエンドレスです。(中略)年齢は問いませんが、手が不自由でないこと。男女問わず。メガネをしていてもよいのですが、目が見えること、などが条件で、一生のライフワークとして、上等で上品な趣味、仕事だと思います」




小林先生手作りの昼食をいただく(左から野村さん、星野さん、小林先生)


 入口の引き戸を開けると、すぐ階段があり、2階が教室になっている。作業テーブルが2台あり、右側に大きなガラス窓が開いていて、明るい。その奥がなぜかダイニングで、実は今回の取材は、まず昼食をいただくことから始まったのである。

「私の教室は10時から5時でしょう。お昼になると生徒さんがコンビニでお弁当を買ってくるんですよ。それを見てると味気なくてねえ。私、漆を始める前はお料理を教えていましたから、私が作ろうかといって、お昼を出すようになったんです。食事代をいただいているわけでもないし、月謝に含まれているわけでもないんですよ。出血サービスです。私自身73歳になったし、これからどのぐらい教室を続けられるかわからない。一期一会で、今日みんなに会えたのがうれしい、そんな気持ちなんです。ただ、前もって出欠を連絡してもらわないと用意できないし、私に余裕がないときは、ラーメンとか焼きそばのときもありますよ」

 生徒さんの最高齢は85歳。次は80歳。いちばん若い人は28歳。

「お年寄りはお昼食べて、先生、今日はこれで終わり、なんてね(笑)。それでもいいんです。顔が見られれば」

 用があって早く帰る人もいれば、午後から行きますからお昼はいりませんという人もいる。そのへんは自由だそうだ。この日も、生徒さんは野村タミ子さんと星野紅美子さんの2人だけ。野村さんは習い始めて18年という最古参。「今日は新年のごあいさつに」ということで、昼食の後帰ってしまった。で、午後は小林先生と星野さんの2人だけ。静かな時間が流れていく。窓からは小林邸の冬の庭が見える。



「ここをもっと研いで」と指導する小林先生
「ほら、ここ、表面が波うって見えるでしょう。こういうところを集中的に研いで」

 先生の指示が飛ぶ。

「彼女がいま苦労しているのは、最初に塗った漆が少し薄かったのね。だから、うまくやらないと研ぎ破るかもしれないので、ビクビクしながら研いでるの。柄なんかは私から見て合格なんですけど、審査員は落とそう落とそうと思って見るから、大変なんですよ」

 星野さんは絵を描くのが好きなのだそうだ。

「研ぎ出すとだんだん絵が出てくるでしょう。それが楽しいんです。なかなかきれいにいかないんですけどね」


展覧会に出品する作品を研ぐ星野さん

 最初は絵が描けないという人がほとんどだそうだ。でも大丈夫、と小林先生はいう。図案の本がたくさんあるので、その中から気にいったものを選んで丸写しすればいいのだ。  練習用には手板というすでに漆が塗ってある板があり、これに蒔絵を施す。手板は安いものだし、消してまた描くこともできる。そうしてだんだん自分の絵が描けるようになるのだ。

「展覧会に出すようなものは、木地からデザインしますが、練習で木地からやっていると、蒔絵までなかなか到達できないんです。そこで、お椀にしても、すでに漆が塗ってあるものを用意して、絵を描くところから始めます。とにかくわかりやすく教える、お金をかけさせない、これが私のモットーです」

 生徒さんにお金を使わせたくない、だから、教室では金粉は使わず、銀や銅の粉を使う。展覧会に出すような作品は日本産の漆を使うが、教室では中国産だ。盆や椀なども業者とタイアップして、なるべく安いものを仕入れる。時には「月謝がもったいないから家でやりなさい」などといったりもするのである。
 教室で小林先生も自分の作品の制作を始めた。


自分の制作中の作品を2人に説明する小林先生


「私は自分が一生懸命作っている姿をみんなに見せたいんです。失敗して泣いてる姿も、みんなに見てもらいたい。あなたたちと同じ苦労をしているよ、ってね」

「自分が制作する姿を見せたい」と小林先生

 星野さんが口をはさむ。

「でも、先生は早いんですよ。いつの間にか3つも4つも作っているの」

「そりゃそうよ。あなたたちが帰った後も作ってるんだもの」


 これまで3年に1回程度、教室展を開いてきた。今年の秋も都内のデパートで開く予定になっている。

小林先生が制作したアクセサリー
「自分の作品に値段をつけて売るというのは、真剣に作らざるを得ないし、次はもっと上手になろうという励みにもなるんです」



 最後になったが、忘れずに書いておかなければならないことがある。それは小林先生のコレクションのことだ。大場松魚、川北良造、小森邦衛、室瀬和美などなど、人間国宝、あるいは将来の人間国宝たちの作品が、つまり美術館でしかお目にかかれないような作品が、何十点も展示してあり、生徒さんはそれを直に、好きなだけ見ることができるのだ。これはお金には換えられない幸福というものである。
 以上の結果、この教室の生徒さんは、だれもやめるといわないのである。


美術館並のコレクション

文: 岡崎 保



小林宮子 漆・蒔絵教室
〒145-0071 東京都大田区田園調布1−38−8
TEL.03−3721−3916

1週1日(水曜日あるいは土曜日)で月4回 月謝 一万5千円
時間 午前10:00〜午後5:00

その他、材料費が必要です。作成するものによって異なります。
年令不問。上達すれば工芸会、日展などの展覧会にも応募できます。

●小林宮子先生のプロフィール(敬称略)
昭和44年画家 小野徳太郎に日本画を学ぶ
昭和51年漆芸家 河合久仁雄に師事
昭和53年伝統工芸武蔵野展に入選(以後、日本伝統工芸展をはじめさまざまな展覧会で入選)
昭和57年漆芸家 田口義明に師事
平成5年1級蒔絵技能士試験合格

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