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入口の引き戸を開けると、すぐ階段があり、2階が教室になっている。作業テーブルが2台あり、右側に大きなガラス窓が開いていて、明るい。その奥がなぜかダイニングで、実は今回の取材は、まず昼食をいただくことから始まったのである。
「私の教室は10時から5時でしょう。お昼になると生徒さんがコンビニでお弁当を買ってくるんですよ。それを見てると味気なくてねえ。私、漆を始める前はお料理を教えていましたから、私が作ろうかといって、お昼を出すようになったんです。食事代をいただいているわけでもないし、月謝に含まれているわけでもないんですよ。出血サービスです。私自身73歳になったし、これからどのぐらい教室を続けられるかわからない。一期一会で、今日みんなに会えたのがうれしい、そんな気持ちなんです。ただ、前もって出欠を連絡してもらわないと用意できないし、私に余裕がないときは、ラーメンとか焼きそばのときもありますよ」
生徒さんの最高齢は85歳。次は80歳。いちばん若い人は28歳。
「お年寄りはお昼食べて、先生、今日はこれで終わり、なんてね(笑)。それでもいいんです。顔が見られれば」
用があって早く帰る人もいれば、午後から行きますからお昼はいりませんという人もいる。そのへんは自由だそうだ。この日も、生徒さんは野村タミ子さんと星野紅美子さんの2人だけ。野村さんは習い始めて18年という最古参。「今日は新年のごあいさつに」ということで、昼食の後帰ってしまった。で、午後は小林先生と星野さんの2人だけ。静かな時間が流れていく。窓からは小林邸の冬の庭が見える。

「ここをもっと研いで」と指導する小林先生 |
「ほら、ここ、表面が波うって見えるでしょう。こういうところを集中的に研いで」
先生の指示が飛ぶ。
「彼女がいま苦労しているのは、最初に塗った漆が少し薄かったのね。だから、うまくやらないと研ぎ破るかもしれないので、ビクビクしながら研いでるの。柄なんかは私から見て合格なんですけど、審査員は落とそう落とそうと思って見るから、大変なんですよ」
星野さんは絵を描くのが好きなのだそうだ。
「研ぎ出すとだんだん絵が出てくるでしょう。それが楽しいんです。なかなかきれいにいかないんですけどね」
 展覧会に出品する作品を研ぐ星野さん |
最初は絵が描けないという人がほとんどだそうだ。でも大丈夫、と小林先生はいう。図案の本がたくさんあるので、その中から気にいったものを選んで丸写しすればいいのだ。
練習用には手板というすでに漆が塗ってある板があり、これに蒔絵を施す。手板は安いものだし、消してまた描くこともできる。そうしてだんだん自分の絵が描けるようになるのだ。
「展覧会に出すようなものは、木地からデザインしますが、練習で木地からやっていると、蒔絵までなかなか到達できないんです。そこで、お椀にしても、すでに漆が塗ってあるものを用意して、絵を描くところから始めます。とにかくわかりやすく教える、お金をかけさせない、これが私のモットーです」
生徒さんにお金を使わせたくない、だから、教室では金粉は使わず、銀や銅の粉を使う。展覧会に出すような作品は日本産の漆を使うが、教室では中国産だ。盆や椀なども業者とタイアップして、なるべく安いものを仕入れる。時には「月謝がもったいないから家でやりなさい」などといったりもするのである。
教室で小林先生も自分の作品の制作を始めた。
 自分の制作中の作品を2人に説明する小林先生
「私は自分が一生懸命作っている姿をみんなに見せたいんです。失敗して泣いてる姿も、みんなに見てもらいたい。あなたたちと同じ苦労をしているよ、ってね」
 「自分が制作する姿を見せたい」と小林先生 |
星野さんが口をはさむ。
「でも、先生は早いんですよ。いつの間にか3つも4つも作っているの」
「そりゃそうよ。あなたたちが帰った後も作ってるんだもの」
これまで3年に1回程度、教室展を開いてきた。今年の秋も都内のデパートで開く予定になっている。
 小林先生が制作したアクセサリー |
「自分の作品に値段をつけて売るというのは、真剣に作らざるを得ないし、次はもっと上手になろうという励みにもなるんです」
最後になったが、忘れずに書いておかなければならないことがある。それは小林先生のコレクションのことだ。大場松魚、川北良造、小森邦衛、室瀬和美などなど、人間国宝、あるいは将来の人間国宝たちの作品が、つまり美術館でしかお目にかかれないような作品が、何十点も展示してあり、生徒さんはそれを直に、好きなだけ見ることができるのだ。これはお金には換えられない幸福というものである。
以上の結果、この教室の生徒さんは、だれもやめるといわないのである。
 美術館並のコレクション
文: 岡崎 保
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