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うるしの学校

うるしの学校 第5回
日本漆工協会・漆工技術講習会やさしく身につく漆のこころ

 機関誌「日本漆工」を発行し、毎年「日本文化を担う・漆の美展」を主催している日本漆工協会では、一般向けの漆の講習会も開いている。日比谷線の八丁堀駅から歩いて1分と交通は至便。指導は協会専務理事の丸山高志さんと、若い西川雅典さんの二人。取材にうかがった日は七人の生徒さんが思い思いの方法で制作に励んでいたが、みなさん、かなりレベルが高そうだ。
● ● ●


丸山高志さん
 講習会がスタートしたのは、丸山さんが漆のテキスト「やさしく身につく漆のはなし」を出版したことがきっかけだった。このテキストは、漆は誰にでも簡単にできるという立場から編集されていて、道具なども、乾燥させる風呂はダンボール箱で大丈夫、刷毛などなくても綿でいいと、徹底している。本を出すに際しては、実際に素人の人を集め、この方法でできるかどうか試した上で本にしたのである。  ところが、その本が出た後も、またやりたいという申し込みが後を絶たず、それならということで講習会という形になったのだそうだ。


西川雅典さん
 「釣りはフナに始まりフナに終わるといわれますね。漆では摺漆(すりうるし)に始まり摺漆に終わるんです。木に漆を塗りたいなと思って最初にやるのが摺漆です。それから段々加飾などの世界に入っていくわけですが、やっぱり木の肌を生かすところに戻るんです。結局、人間の手が加わったものより、自然の木目のほうが最高ですから。摺漆だけなら、1年もやれば完全にマスターできます」

 何も知らない人が、講習会に参加して最初にやるのは、手板に摺漆を塗ることである。漆は、塗ったときは真っ黒になるが、次第に透明になる。手板をいつもそばに置いておけば、いつ透明度が出るかなど一目瞭然にわかる。さらに、箸などの小物を塗るのも習慣づけられる。プロは使い残しの漆は決して捨てない。杯などに溜めておく。ところが素人は平気で捨ててしまう。箸などの小物を常にそばに置いて、漆が余ったら塗る習慣をつけさせるのである。数多く塗ることも大切なのだ。
 さて、生徒さん一人一人にお話をうかがったので、紹介しよう。


授業風景


増田純一さん
増田純一さん
 「浜松から月に2度、通ってます。この前の展覧会見て歩きで、漆の美展を取り上げたでしょう。その中に私の作品が載ってたんですよ。なぜわかったかというと、自分の名前で検索してみたんです。そしたら出てきて、ちょっとびっくりしました。漆の美展には、途中2、3年のブランクがありますが、毎年出してます。私は塗料関係の仕事をしているので、漆もやってみようかと始めました。なんか魅力ありますよね、漆は。これですか? 茶筒です。貝を張ったり、糸を巻いたり、いろいろやってます」



土井哲二郎さん

土井さんの作品
土井哲二郎さん
(付添いのお母さんが答えてくれた)
 「うちは障害者なんです。中学を卒業して、漆とか織物を教えてくれる学校があったので、8年間通いました。そこを卒業して、一人ではできないし、どうしようかなあと思って、いろいろ電話で調べて、こちらにお世話になることにしました。もう3年になります。漆が合っていたというか、好きなんです。特に卵の殻を張るのが好きで、漆漬けの生活です。今年の1月に、喫茶店で小さな個展をやってみたんです。そしたら、いくつか売れたり、電話で作ってほしいという注文もあって、うれしいですよね」

 そばで聞いていた丸山さんも、注文があるのはすごいですね、と口を添える。

 「卵殻という技法は、それ自体はむずかしくないんですが、土井さんのように張るのはむずかしい。乱雑に張ると小汚くなるし、丁寧に張るのは、嫌になるしね。私なんかはダメです。ところが、張っていると神経が集中してくる人がいるんですね。こういう人はうまいです」


孫煕慶さん
孫煕慶(ソン ヒキョン)さん
 孫さんはジュエリーデザイナーで、5年前に日本に来た。もうすぐ韓国に帰るのだという。2カ月で蒔絵を習えるところを教えてほしいと協会に相談してきて、丸山さんをびっくりさせた。ノートには教わったことが日本語混じりのハングルでメモしてある。
 「ときどき展示会などで漆を見て、すごく興味があったんです。韓国にも漆はあります。螺鈿が中心ですね。ただ、色使いなどは日本とぜんぜん違うので、勉強したかったのです。宝石と漆を組み合わせて、海外で売りたいと思っているんです」


鈴木浩さん

立川眷さん
鈴木浩さん・立川眷さん
 お二人は高校時代の友人同士。ここに通い始めて4年というキャリアだそうだ。
 鈴木さん「たまたま鎌倉彫をやっていて、漆が自分で塗れたらいいなあと思っていたんです。どうせなら基礎からきちっと習ったほうがいいとアドバイスをしてくれる人がいて、こちらにお世話になることにしました。いま、初めての乾漆に挑戦してますが、漆は自分の意図しないものが出てくる面白さがありますね。それと、相手が生き物のような気がします。とにかくままならない。いま作っているのはビールのおつまみ入れですかね。ピカピカにするか、光沢を抑えて渋くするか、これから考えます」
 立川さん「いま作っているのは、古い山中塗で捨てるというのを送ってもらったんです。その表面を全部はずして、塗り直しています。形が気に入ってるのと、自分の勉強になりますからね。鈴木君と同じで、漆は予想外なところがいいです。勝手に文様がでてきたりね。鈴木君がやってる乾漆は、私もやってます。木工ができないと形は自分で作れないけど、その点乾漆は、形も自分で作れるから面白いです」


五島慶子さん

五島さんの作品
五島慶子さん
 五島さんは皮革工芸の先生だ。皮と漆の組み合わせに魅せられて、ここに通うようになった。丸山さんによると、皮に漆を塗る技法は、漆皮といって昔からあるけれども、五島さんのは、それとはぜんぜん違う方法だそうだ。漆皮は皮を単にボディーとして使うだけだが、五島さんのは皮の質感を残すやり方だという。
 「皮は性質が一枚一枚全部違うんです。漆を塗るまでは、その皮がどれぐらい漆を吸い込むかわかりません。なめしに使った溶剤によっても違ってきます。そのへんがむずかしいですね。ただ、顔料や染料を塗るやり方だと、日にちがたつと色がとんでなくなっちゃうんです。ところが漆だと、ほぼ半永久的です。そこが魅力です。私ね、漆にかぶれて、ひどかったんです。病院に行ったら入院してくださいといわれるほど。入院まではしなかったですが、電車で隣に座った方が、いつの間にかいなくなっちゃったんです。 その時の顔は、丸山先生はよくご存じですけど、もう見られないとおっしゃって。それでも漆が好きだから、やっているんですね」


相馬栄子さん

相馬さんの作品(素材はいぼ瓢箪)
相馬栄子さん
 相馬さんは通い始めてまだ3年ほどだが、その前に10年以上、丸山さんのテキストを見ながら自宅で一人で作品を作っていた。子どもから手が離れて通えるようになったのである。相馬さんの場合、素材がユニークだ。流木、竹、瓢箪……とにかく表情のあるものを利用して作る。表情を消す塗りはしないから、当然「私、摺漆ばっかり」ということになる。
 「私、能面を作っていたんです。能面は昔のものの写しですから、その反動で思いっきりオリジナルなものを作りたくて。誰かが同じことをやり始めたら、私はやめる、そんな感じです。漆はもともと木ですから、流木なんかに塗ると、流木が喜ぶような感じがするんです。模様も鮮明になるし。こちらに通うようになって、家で疑問だったことが解決されるので、どんどん自分の表現ができるようになって、いますごく楽しいです」

 丸山さんは、こうした講習会から、新しい漆の世界が広がるのではないかと期待して、こう話す。


左から鈴木さん、丸山先生、立川さん
 「本来ね、漆をやりたくてここに来るような人は、手は器用なんですよ。ところがへら作りとか下地づけとかをやらされると、とたんに不器用になってしまう。こうしなければならないという技術だけを教えようとすると、みんな不器用になってしまうんです。だから、なぜそういう作業が必要で、なんのためにその作業をするか、それを教えて、あとは自分で工夫して自由にやりなさいというと、みなさん驚くほど器用に作ります。
 うちに来てる人たちは、私がやったことがなくて教えられないほど、いろいろユニークなものを作りますが、実は、昔の漆器の世界というのは、そういうものだったんです。
葉っぱに漆を塗ったり、蜜柑の皮を乾かして漆を塗ったりね。職人たちがヒマなときに遊びで作ったんです。それが途絶えてしまって、いま漆器というものが非常に幅の狭いものになってしまっているんです。なにも美術品を作るんじゃないんです。身のまわりのものを作るんです。技術を売りものにしても始まらない。簡単にできるということが大前提でしょう。
 大切なのは技術や知識の受け渡しではなくて、こころのつながりですよ。この人たちが教える時代も来ることを考えれば、こういう講習会の積み重ねが漆の展望を開く可能性もあるのではないかと思います」

 西川さんは休みなく生徒さんの間を巡回して、あくまでも丁寧に、細かく技術指導している。丸山さんは方向性のアドバイスや漆全般について雑談風に話す。それぞれの作品を見せ合ったり、教え合ったり、漆を好きなもの同士の親密さがあふれる時間と空間になっている。それがこの講習会のレベルの高さを支えているのではないだろうか。
 なお、日本漆工協会では、この講習会の他に、通うのがむずかしい人のために通信教育も行っている。また、蒔絵の1日体験もできる。詳しい問い合わせは、〒104-0032 東京都中央区八丁堀3-18-7 黒江屋ビル6階 日本漆工協会 TEL.03-3555-1103まで。

文: 岡崎 保



鈴木さんを指導する西川先生

日本漆工協会
東京都中央区八丁堀3-18-7 黒江屋ビル6階
TEL.03-3555-1103


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