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うるしの学校

うるしの学校 第6回 NPO法人「工芸技能研究所」

 発達障害児・者(知的障害・学習障害・自閉症)の教育制度としては、特殊学級と養護学校がある。しかし、そこで身につけられる技能は限られている。また、たとえ技能を身につけても、卒業後、その技能を仕事・生きがいとして続けていくためのシステムが確立していない。今回、取材をお願いしたNPO法人「工芸技能研究所」がやろうとしているのは、障害者の技能の習得と、それを仕事・生きがいとして一生続けていけるようにすること、この両方である。

「NPO法人」についても、説明しておこう。「NPO」とは「Nonprofit Organization」の略で、普通「民間非営利組織」と訳される。行政や企業では扱いにくい、利益のあがる見込みの少ないニーズに対応する、いわば社会的使命の達成を目的とする組織である。ただし、利益をあげてはいけないということではない。もし利益が出た場合は、構成員に分配せず、組織の活動目的を達成するための費用に充てることができる。とはいえ、利益を目的としないNPOの運営は楽ではない。

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新しくできたギャラリー

織機が並ぶ
東京日野市。京王線の百草園駅から川崎街道へ出て、左手を見れば、ビルの屋上に「工芸技能研究所」の大きな文字が見える。駅から歩いて1分。外階段を上がって、玄関を入ると、左側にギャラリースペースがあり、作品が展示してある。右側の部屋には織機が10台近く置いてあり、その奥が漆の教室になっている。織機の木の色のためか、室内はとても明るい。

 訪ねたのは午後の授業が始まる少し前のくつろいだ時間。授業開始まで、理事・斎藤一郎さんと副理事長の和田伊都子さんに研究所の沿革や構成などをうかがっていると、生徒から「先生、時間でーす」と声がかかり、午後の授業が始まった。

 工芸技能研究所は2002年3月に法人格を取得して開所した。教える技能は綴織と漆の2つ、斎藤さんが綴織担当で、和田さんが漆担当である。それぞれ工芸技能養成所と工房の2部門で構成されている。

養成所は人材育成部門で、研修コース4年(基本技能)と専門コース3年(応用技能)の計7年で技能を習得する。
養成所修了者は工房に入り、プロとして注文に応じて制作することになる。養成所をインプット、工房をアウトプットと考えるとわかりやすいかもしれない。
授業は月曜から金曜まで、午前が9時半から12時、午後は1時から2時半まで行われるというから、かなり充実しているといえるだろう。さっそく漆の教室を取材させていただく。

和田伊都子先生

漆の生徒さんは現在5人。遠いところでは埼玉県の草加や神奈川県の厚木から通っている人もいる。3人が工房生で2人が養成所生だが、作業はみんな一緒にこの教室で行う。和田先生は「私が口でいろいろ説明するより、先輩がやっているのを見ることがいちばん勉強になります」という。これは和田先生の教育方針にも関わってくる。

「まず、自分の力でできる、そう思えるようにもっていってあげることですね。いつも人の手を借りたり、人のお世話になっているばかりでは、自信がもてなくなります。最初はつきっきりで指導しますが、少しずつ離れるようにしているんです。つい、手を出したくなるんですけど、そこはこらえて、ポイントだけ伝えるようにしています」

 勉強の進め方は通常の漆教室と変わらない。まず手板で刷毛の動きと炭研ぎに慣れる。そして銘々皿や盆など、あまり角のない塗りやすいものから始める。蒔絵も最初は図案帳から図案を写したり、筆使いに慣れるところから始める。
木地は石川県山中の木地師、佐竹一夫さんにお願いしているのだそうだ。

「練習だから何でもいいというわけにはいかないと思って、最初からきちんとした木地を使っています。塗り具合が違ってきますから。デザインは、たとえば、高台を塗るのが苦手な人には、高台のない器を用意したり、佐竹さんといろいろ相談して、作ってもらっています」


授業風景

 
 教室の中はほんとうに静かだ。みんな黙々と作業に打ち込んでいる。インタビューなど申しわけない雰囲気だが、あえてお話をうかがうことにする。

  浅古太郎さんはここに来る前、工芸専門学校から漆をやっていて、漆歴15年。この教室の最古参だ。
「漆は面白いです。研ぐとき、塗るとき、仕上げ、みんな面白いです。自分の作品もたくさんあります。漆器は使うのも好きです。お椀とかお盆とか、家でも使っていますよ。(難しいなと思うことは?)時々。普段はないです。(いままででいちばん気に入っている作品は?色をつけたお盆。家にあると思うんですけど、どこへしまったか、忘れちゃいました」


浅古太郎さん

浅古さんの作品「欅中皿」

浅古さんの作品「欅小鉢5種」
 
  疋田雅(ひきた・みやび)さんは、漆歴14年。お客さんから注文があり、銘々皿をたくさん制作中だ。
  「(何枚あるのですか?) 15枚。(漆の面白いところは?) 研ぐところと塗るところ。(自分の作品を家で使っていますか?) 飯椀を使っています。やきものの飯碗より、塗りの飯椀のほうがいいです。(失敗したことは?) あります」


疋田雅さん

疋田さんが注文を受けた銘々皿

疋田さんの作品「朝顔文箱」
 
藤岡徹さんは漆歴11年。黒の蓋物の制作に余念がない。
 「(漆は何が面白いですか?) 蒔絵が面白いです。塗りも好きです。(色は何が好きですか?) 黒。(疲れないですか?) 疲れることはあります」



藤岡徹さん

藤岡徹さんの作品「蓋付椀」

藤岡徹さんの作品「牡丹文蒔絵盆」
 
中澤隆太さんは漆歴8年。
(いま作っているのは?)丸盆。(お椀は作ったことありますか?)作った。(疲れませんか?)疲れた」




中澤隆太さん

中澤隆太さんの作品「茶托」

中澤隆太さんの作品「小鉢」

 地曳(じびき)健太さんは、去年の夏に入ったので、漆歴はまだ1年に満たない。見ていると、先生はやはり地曳さんのそばにいることが多い。


地曳健太さん

地曳健太さんの作品「卵殻皿」

和田先生にもご自身のお話をうかがった。

「私は最初、障害者に関わる仕事をしたいと思いまして、教員資格や養護学校の教員免許をとったのですが、実際に障害者の方と接してみて、何か技術的なものがないと、本当の教育には当たれないなと痛感しました。たまたま漆に携わる機会がありまして、やってみたら、すごく面白かったのです。出来上がったものが、手にしっとりきて、感動したんですね。それ以前は漆器に特に関心はなかったのですが、こんなにいいものなのかと驚きました。それで生徒にも教え始めて、生徒も私も漆の世界にすっかりハマッてしまったという感じです。指導で精一杯で、個展などの個人的な活動はできていませんが、教えること自体が私の勉強になります」

教室内の漆風呂

木地は山中の佐竹一夫さんのもの

いただいた資料から補足しておくと、和田先生は大学4年の教育実習のとき、担当したクラスに授業についていきにくい生徒がいて、その子のことが気になってしかたがなかったのである。大学卒業後、教育学を学ぶために大学院に入るが、もっと直接的に知的障害者のことを学ぼうと、別の大学の特殊教育課程に入り直すのである。その大学を卒業し、知的障害者施設に勤務し、さらに芸術専門学校で漆を教えたのだが、そこに浅古さんたちがいたのである。せっかく技能を習得しても、卒業後、その技能を生かして自活できるかといえば、そんなシステムはどこにもない。これが工芸技能研究所につながるのである。
 和田先生の漆歴は15年。塗りは音丸香、蒔絵は山崎銕雄、両先生に学んだ。いまでもわからないことがあると、電話で聞くそうだ。

 どんなとき楽しいか、逆に大変なことはどんなことか、聞いてみた。

「みんなが一生懸命やっている姿を見るのが、いちばん楽しいし、うれしいですね。大変だなと思うのは、うまく伝えられないことです。私がやって見せながら、説明するのですが、伝わらない。これは難しいかなと思って、あきらめかけることもあるんですが、何回も何回もやっていると、ある日、勘どころがピンとくるみたいです。伝わったときはうれしいですね」

 こうやって先生と話しているときも、生徒さんたちは黙々と作業をしている。注意力が散漫になるということがない。

「初めて教室に来たときは、何をやるのかわからないので、緊張と不安で固い表情をしています。走り回ったり、引き出しを開けてみたり、落ち着きがないですね。でも、一つ一つ手順を伝えて、本人もこういうことをやるのだとわかれば、落ち着きます。それから、プラスチックに合成塗料を吹きつけたものではなくて、炭研ぎをやり、刷毛で漆を塗るという作業を通して、自分たちは本当のことをやっているんだということは、本人たちも感じているようです。だから、手順を把握して、やっていることが好きになり、次に、自分は工芸に携わっているんだという意識が芽生えてきて、集中してやれるようになるんだと思うんです」

 工芸技能研究所では、これまで2回、作品の発表展を開いている。最初は、昨年の夏、近所の自然食品の店から、「やりませんか」と声をかけられて実現した。お店の一角を借りた、小規模の展示だったが、地域の人に、この研究所がどういう活動をしているかを知ってもらういい機会になった。第2回目は、うるしネットでリポート済みである(「展覧会見て歩き」バックナンバー参照)。第3回以降も、もちろん開きたい。単に発表会であるばかりではなく、受注会でもあるのだから。しかし、ギャラリー探しなど、なかなか大変なのだそうだ。

 ところで、研究所のパンフレットの「趣旨」の最後に、次のような文章がある。
「発達障害児の教育のあり方、ノーマライゼーションのあり方について、研究・実践し、同時に、工芸文化の振興に寄与する活動を行うことを目的とします」
 和田先生たちは、作品の発表の際、「障害者が作りました」ということをうたわない。隠すわけではないが、それを売りにしないのである。それは「工芸文化の振興に寄与する」という気概に拠っている。誰が作ろうが、いいものはいい、つまり、一般に伍していこうということだろう。パンフレットにも書いてあり、和田先生も口にする「システム」という言葉の乾いた語感にも、お涙頂戴では何も解決しないという強い認識が感じられるのだ。

 入所資格のようなものはあるのだろうか。
「こちらが何か条件を出すというより、本人がここに通うことを嫌がらないということがいちばんです。毎日ここへ来るのが楽しいかどうか、漆とか織物が好きになれるかどうか、ということですね」

 工芸技能研究所では生徒を募集中。初心者のための体験講座も行っているし、予約をすれば見学もできる。研究所の趣旨に賛同し、支援・協力する賛助会員も募っている。問い合わせは下記まで。

文: 岡崎 保



NPO法人「工芸技能研究所」
〒191-0034 東京都日野市落川993(2F)
TEL 042-592-4353

URL:http://homepage3.nifty.com/kougiken/


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